家の棚にグレンフィディック 12年(Glenfiddich 12 Year Old)を一本加えた。買ったあとで、ふと気づいた——たぶん、これは僕が「シングルモルトのスコッチ」として意識して飲んだ最初の一本だ。正確に言うと、シングルモルトという言葉と銘柄をきちんと結びつけて開けたのが、これが初めて、ということになる。
それまでウイスキーの入り口はブラックニッカで、そこからバランタイン ファイネストに移って、しばらくそれを家飲みの定位置にしていた。「ブレンデッドの中の定番をなぞる」までは自然な流れだった。だから、棚にスコッチがもう一段増えるとして、その先に何を置くかは決めかねていた。最終的に手が伸びたのが、緑色のボトルに鹿のマークが入った、この有名な一本だった。
「単一蒸溜所」という考え方に出会った一本
シングルモルトという言葉自体は知っていても、ブレンデッドとの違いがピンと来ないまま飲んでいた頃が長かった。グレンフィディックを開けて、初めて「ひとつの蒸溜所だけの大麦麦芽でつくられた酒」がどう違うのか、舌で確かめた感覚があった。これまで飲んでいたブラックニッカやバランタインのような、香りの輪郭がなめらかに整えられたブレンデッドとはあきらかに別の方向を向いている。
ノーズはまず洋ナシと青リンゴの皮、それから蜂蜜のような甘さ、奥にバニラのトーン。口に含むとフルーティーな甘みが立ち上がり、後半でオーク樽の薄い苦みと木のスパイスが舌をきれいに引き締める。フィニッシュは中程度で、しつこさはほとんど残らない。アルコール度数40%、ストレートで飲んでもとげとげしさがなく、それでいて確かに香りに芯がある。スコッチが「ピートで燻したもの」とは限らない、ということが体感としてわかる一本だった。
スペイサイド、フルーティーで甘い系
グレンフィディック蒸溜所はスコットランド東部・スペイサイドの中心、ダフタウンにある。スペイサイドはスコッチの一大産地で、北海に注ぐスペイ川の流域に多くの蒸溜所が密集している地域だ。ピートを強く効かせるアイラとは対照的に、麦芽由来の甘さとフルーティーな香りに振れた酒が多く、シングルモルトの「飲みやすい入口」と言われがちな産地でもある。
グレンフィディックの12年は、伝統的にバーボン樽(アメリカンオーク)とシェリー樽(ヨーロピアンオーク)で別々に熟成させ、最後にマリッジ・タンと呼ばれる大樽で短期間なじませてから瓶詰めされる。バーボン樽の甘さとシェリー樽の少しの干しぶどう感が、洋ナシのフレッシュさの後ろに重なっているのは、この組み合わせ由来だろう。
じっくり飲みたい夜はストレート、もう少し気軽な日はロックか少しの加水。日本ならハイボールにしてしまっても香りが残るぐらい、出汁が出ている12年だ。「初めての一本」がここで止まらず、その後の家飲みの基準のひとつになってくれる手応えがある。
グレンフィディック 背景情報
1886年クリスマス、ウィリアム・グラントが点火
グレンフィディック蒸溜所は1886年、元蒸溜所員のウィリアム・グラント(William Grant)がスペイサイドのダフタウンに自前で建てた。翌1887年のクリスマスに最初のスピリッツが流れ出たという逸話を、いまも公式が「Christmas Day 1887」として伝えている。現在も創業家のウィリアム・グラント・アンド・サンズ(William Grant & Sons)が独立資本のまま運営している、世界的に見ても珍しい大規模蒸溜所だ。
「鹿の谷」——スコティッシュ・ゲール語に由来する名前
"Glenfiddich" はスコティッシュ・ゲール語の Gleann Fhiodhaich、「鹿の谷」を意味する。ボトルとパッケージに刻まれた鹿のシンボルはここから来ている。同じ地域の他蒸溜所(グレンリベット、グレンファークラスなど)と並んで、Speyside の "Glen-"(谷)地名文化の代表例にあたる。
世界に向けてシングルモルトを売り出した先駆け
グレンフィディックは、長らくブレンデッド原酒として消費されていた「シングルモルト」というカテゴリーを、1963年以降に意図的に消費者向け商品として国際展開した先駆けの一本として知られる。今日ある「シングルモルト=銘柄として飲む酒」という常識は、この時期から徐々に世界に広がった、と Scotch Whisky Association などのアーカイブでも繰り返し説明されている。
マリッジ・タンとシェリー樽の組み合わせ
12年はファーストフィル/リフィルのバーボン樽(アメリカンオーク)とシェリー樽(ヨーロピアンオーク)で熟成された原酒を最後に大樽でマリッジしてから瓶詰めされる。フルーティーで蜜のような甘さと、薄い干しぶどうのトーンが重なるのはこの組み合わせ由来。シングルモルトを「樽で味が決まる酒」として理解する練習にもちょうどいい一本だ。
家飲みの基準としての安心感
シングルモルトは銘柄ごとの個性が極端に分かれる世界で、最初の一本で「シングルモルトの基準点」を作れるかどうかは、その後の飲み方に思いのほか効く。グレンフィディックの12年は、スペイサイドの甘さとフルーティーさをわかりやすく、それでいてどこか教科書的すぎず、ちゃんと「ハウススタイル」を感じさせてくれる。アイラのピートに進む前にも、ハイランドの少し骨太な方向に行く前にも、戻ってこられる地点としてふさわしい。
日本国内での流通も非常に安定していて、酒販店・スーパー・コンビニ・空港免税のどこでも見つかる。価格帯も12年シングルモルトとしては手の届く範囲に収まっていて、棚に常備しやすい。「最初のシングルモルトに何を選ぶ?」と聞かれたら、僕は迷わずこれを勧める。
700ml、化粧箱付きの正規品。スペイサイド・シングルモルトの定番として家飲みの基準を作りやすい一本。
