連載シリーズから単発の旅エッセイまで。国・地域・テーマで絞り込んで読めます。

中米にある小さな国、コスタリカ。面積は日本の九州と四国を合わせたくらい(5万1,100㎢)しかないが、世界の生物種の約5%がここに生息している。

コスタリカの紋章に描かれた有名な火山へ。緑色の火口湖を目当てにバスで2時間かけて頂上へ向かったら、なにもありませんでした。

2013年から2年間JICAボランティアとして暮らした任地サンビート。コスタリカ南部コトブルス地方、パナマ国境まで30分の山あいの町で出会ったホストファミリーと「マエ」の人たち。

コスタリカ南部、サンビートから山道を1時間以上。ノベ族(Ngäbe)の先住民居住区で過ごした水曜日。診療台が1つしかない村の診療所と、コスタリカが抱える医療格差。

コスタリカは中米の中でも比較的豊かな国で、クリスマスは一大イベントだ。大多数がカトリック信者であり、文化の深いところにキリスト教が根付いている。

2014年1月、JICA派遣中のコスタリカで日本から届いたクリスマス荷物が税関で止まった。28個の餅は保健省の許可がないと渡せない——途上国の郵便と関税のリアル。

2014年2月、JICA派遣中のコスタリカで脳卒中患者のために簡易短下肢装具を自作した記録。町に部品はなく、支柱は設計図を書いて注文。完成した装具は700g。SHB一辺倒の制度と8ヶ月待ちの公的装具、装具なしの患者にニーブレースで挑んだ代替策まで。

海外赴任に子どもが付いて来た場合、教育はどうするのか——そんな親の頼れる味方が、各国にある日本人学校だ。

2014年3月、コスタリカ南部サンビートで装具を自作した翌月、首都サンホセの国立リハビリテーションセンター CENARE を先輩隊員に案内してもらった日の記録。過去の協力隊員が技術移転したパイプの拘縮予防器具、凸凹マット、プールへのリフト、日本で見たことのない大型機器——任地に持ち帰りたかった景色と、補装具研究の出発点。

Semana Santa(セマナサンタ)をご存じだろうか。

日本人が想像する以上に、主食を米とする国は多い。また中国人が世界中で生活している影響もあり、意外と醤油などの調味料を買うことも容易だ。今回は、中米で食べた料理をいくつか紹介したい。

2014年2月、JICA派遣中のコスタリカで脳卒中患者のために自作した簡易短下肢装具のパーツ詳細。支柱は特別発注の金属支柱(約8,000円)、足底は切り取ったサンダル、下腿は野球用肘プロテクター。物語編は⑦、こちらは技術編。

2014年末、サンビートを出て北へ向かった。カニョネグロでボートツアー、ラ・フォルトゥナを経由してモンテベルデへ。ナマケモノ、アオマユハチクイモドキ、ナイトツアー——コスタリカの野生動物を一気に詰め込んだ旅だった。

ヒメウミガメの集団産卵「アリバダ」。知らせを受けて14時間以上バスに揺られて現地へ向かったら、砂浜には卵の殻しか残っていなかった。

2025年1月、コスタリカへ10年ぶりに戻った。高層ビルが増え、街が整備されていた。サンビートには行けなかった。でもピルセンは変わらずうまかった。

コスタリカからニカラグアへ。初めての国境越えは、長距離バスで向かった。

土曜日の夕方にオメテペ島に到着した。翌日曜日はバスが動いていないため、ガイドを雇うことにした。約40ドル——少し高いと思ったが、島の道を一人でバイクタクシーで回るよりずっと効率がいい。

オメテペ島を朝6時のフェリーで出発。フェリーの中では鶏が運ばれていた——「後で食べる用だよ」とガイドが教えてくれた。中米らしい光景だ。向かうはグラナダ。

グラナダを後にして、首都マナグアへ向かう途中、マサヤという町に立ち寄った。

マナグアから長距離バスに乗り、ニカラグア北部の都市レオンへ向かった。レオンはスペイン語でライオンを意味する。名前の通り、町の中心にあるレオン大聖堂にはライオン像が鎮座していた。

レオンを離れる前日、一人でバスに乗って向かったのはチチガルパ——中米を代表するラム酒ブランド「Flor de Caña(フロル・デ・カーニャ)」の工場がある町だ。

メキシコシティの中心、ソカロ(Plaza de la Constitución)。標高2,240mに広がるこの広場は、世界最大級の広場のひとつだ。四方をバロック建築の歴史的建造物に囲まれており、ここに立つだけでメキシコの重層的な歴史を肌で感…

グアダルーペ大聖堂(Basílica de Nuestra Señora de Guadalupe)は、年間数千万人規模の巡礼者が集まるとされるカトリックの聖地で、世界で最も多くの訪問者を受け入れる宗教施設のひとつに数えられている。コスタリ…

メキシコシティは、観光地から観光地へ移動するだけではもったいない。路地を歩いていると、路上で朝食を売る屋台、壁を埋め尽くすグラフィティ、テントを張った行商人——ここには観光地には出てこない街の表情がある。

海外でのお土産選びに困ったことはないだろうか。観光地のお土産屋は割高で品質にもばらつきがある。そんな時に意外と役立つのが、現地のローカルスーパーだ。メキシコシティではウォールマートが各地にあり、帰国前のお土産まとめ買いに重宝した。

初めてのメキシコ。標高2,240mの首都で最初に向かったのは国立人類学博物館だった。太陽の石、コアトリクエ、オルメカ巨頭——古代メソアメリカの本物が、ガラス1枚向こうに並ぶ。

標高2,000mの世界遺産グアナファト。山肌に色とりどりの家々が積み上がる「宝石箱のような街」で、ピピラ像の高台から見下ろした夜景、接吻の小道の伝説、そしてミイラ博物館の意外な歴史を辿る。

メキシコシティから北東約50km、紀元前から栄えた古代都市テオティワカン。太陽のピラミッド、月のピラミッド、死者の道、羽毛の蛇神殿——メソアメリカ最大級の宗教都市を歩いた記録。

メキシコシティから国内線でビジャエルモサへ飛び、陸路でパレンケへ。マヤ最大級の王墓を抱える碑文の神殿、観測塔を持つ宮殿、葉十字神殿群——ジャングルに溶け込みながら今も立つパレンケ遺跡を歩いた記録。

パレンケから北上した先で立ち寄った世界遺産の要塞都市カンペチェ。カリブ海賊から街を守った城壁と大砲、パステルカラーのコロニアル建築が並ぶ歴史地区、マヤ遺物と植民地時代の武器を集めた博物館、そして黄色い建物の街角で出会ったポジョ・コン・モーレの夜。

パレンケから北上し、ADO長距離バスでユカタン半島の世界遺産ウシュマルへ。楕円形の魔法使いのピラミッド、Puuc様式の最高傑作・総督の宮殿、四辺形の建物が囲む尼僧院——大ピラミッドの上から見渡したマヤ後古典期の遺跡記録。

メリダから朝一のADOバスでユカタン半島の世界遺産チチェン・イッツァへ。365段の階段を持つククルカン神殿、千本柱が並ぶ戦士の神殿、生贄が捧げられたとされる聖なるセノーテ——マヤ後古典期の巨大都市を歩いた半日の記録。

チチェン・イッツァからADOバスでカリブ海岸へ。カンクンのホテルゾーンに1泊し、透明度100mと言われたトゥルム近郊の半洞窟セノーテで遊泳、最後はカリブ海を見下ろす崖の上のトゥルム遺跡へ。2週間のメキシコ周遊を締めくくる海岸線の記録。

メキシコ・ベリーズ・グアテマラ・ホンジュラス・エルサルバドルにまたがるマヤ文明の主要遺跡を、実際に歩いた記録ベースで紹介。チチェン・イッツァからアルトゥン・ハまで、シリーズ横断の総まとめ。

2025年1月、パナマシティ郊外のパナマ・ビエホへ。1519年に建てられ、海賊モーガンに焼かれた廃墟が、現代のビル群と並んでいる。

2025年1月、パナマシティ。ユネスコ世界遺産のカスコビエホを歩き、マリスコス市場で魚を見た。壁に日の丸があった。運河博物館も。

2025年1月、パナマ運河のミラフローレス閘門へ。空の閘門を眺めていると、自動車運搬船「JIUYANG BLOSSOM」がゆっくりと入ってきた。

2014年8月、エルサルバドルに住む友人を訪ねた旅でユネスコ世界遺産・ホヤ・デ・セレンとマヤ遺跡タスマルを歩いた。ホヤ・デ・セレンは1400年前の火山噴火で丸ごと埋まったマヤの村。「中米のポンペイ」と呼ばれている。

エルサルバドル最高峰・サンタ・アナ火山(標高2381m)に登った。登山中は警察官が後ろについてくる。山頂には鮮やかなエメラルドグリーンの火口湖があった。登りながら見えたイサルコ火山は、星の王子さまのモデルになった山だという。

春の千葉をXSR900で走ってきた。目的地に選んだのは笠森観音。長柄町の山中に立つ古刹で、岩盤の上に組まれた堂は日本唯一の建築形式として知られている。県内在住でも、なかなか足を運ぶ機会がなかった場所だった。

AMBOOTのサイドバッグ、CBR400R FOUR、CT125カスタム。会場を歩いて特に刺さったものを記録しておく。

1日目は津南のひまわり畑へ、2日目は長岡花火大会へ。新潟の夏を2日間で詰め込んだ旅。

山形2日間の旅。蔵王の大露天風呂と神秘的な御釜、そして大正ロマンが薫る銀山温泉の夜景。

千葉県市原市にあるチバニアン(地磁気逆転の地層)へバイクで行ったら、猪に遭遇し、バイクの後輪に何かが刺さり、エンジン警告灯が点灯した。千葉の山はやっぱり油断できない。

千葉県富津市にある燈籠坂大師の切通しトンネル。SR400で来てから2年が経ち、XSR900で再訪した。バイクは変わったが、トンネルは変わっていなかった。

年末、愛知県の伊良湖岬へ。強風の中をフラフラと歩き、ばか貝に後ろ髪を引かれながら帰った話。

XSR900で伊豆半島を1泊2日で走った。目的は特になかったが、2日目に走った芦ノ湖スカイラインが予想以上に良く、それだけで来てよかったと思えた。

2022年8月、能登半島へ。総持寺祖院の山門に圧倒され、金沢の居酒屋で食べた刺身に金箔がかかっていて驚いた。石川は食べ物が全体的においしかった。

福島県北塩原村、裏磐梯に広がる五色沼は、複数の沼が点在する湖沼群の総称だ。それぞれの沼が異なる色を持ち、エメラルドグリーン、コバルトブルー、ミルキーブルーなど、見る角度や天気によって表情を変える。

福島県の磐梯吾妻スカイライン(国道115号)は、日本有数の火山ツーリングルートだ。標高1,600mを超える高原地帯を走り、荒涼とした火山の景色と広大な山岳パノラマが眼前に広がる。SR400とXSR900、それぞれ別の機会に走ってきたルートだ…

SR400に乗っている。SR400乗りの悩みの一つが、長距離ツーリング時の振動だ。片道300kmほど走った時は、振動で両手がしびれてかなりきつかった。

SR400で北海道ひとり旅。大洗からさんふらわあで苫小牧へ渡り、初日は札幌の赤レンガ庁舎とラーメン一粒庵を巡ってホテルリブマックス札幌へ。2021年6月の記録。

札幌を出発、道の駅あいろーど厚田を経ておびら鰊番屋でイクラ丼。オロロンラインを北上して天塩・風車群を抜け、稚内・北防波堤ドームへ。SR400で走った2021年6月の北海道。

稚内で朝のウニ丼、白い道と宗谷岬で日本最北端、エサヌカ線で泣きそうになる。紋別の夜、星を見ようと向かったオホーツクスカイタワーでヒグマと鉢合わせた。SR400北海道ツーリング3日目。

紋別を発ち、かみふらの「せるぶの丘」で休憩、美瑛の青い池・ケンとメリーの木・パッチワークの路を巡る。北海道の象徴をひと続きで走った一日。

美瑛を発ちファーム富田のラベンダーとソフトクリーム、夕張メロンを高速PAで、苫小牧の海鮮丼を最後に味わってさんふらわあへ。SR400北海道ツーリング最終日。

XSR900で北海道へ。大洗港からさんふらわあに乗り込み、苫小牧を目指す。出航の瞬間、旅が始まった。

苫小牧に上陸。平取町の義経神社に立ち寄り、二風谷アイヌ文化博物館へ。その後帯広で十勝豚丼を食らう。北海道2日目。

帯広を出て釧路へ。偶然立ち寄った厚岸町でウイスキー蒸留所と生牡蠣に出会い、夕方には納沙布岬灯台へ足を延ばして根室で蟹を堪能した。

日本最東端・納沙布岬で北方領土を望む。返還運動に署名し、知床国立公園を歩き、天に続く道で地平線まで伸びる28kmの直線を眺めた4日目。

林道入口でヒグマの気配にビビりながら神の子池、霧の美幌峠を越え、博物館網走監獄で北海道開拓の歴史を知った5日目。

枝幸でサイドケースの財布を落とした。30分探しても見つからず。そのとき、AirTagから通知が来た。

稚内から旭川へ、オロロンラインを南下する日。ひたすら走り、夜は旭川の居酒屋「小五郎」へ。

最終日は美瑛の青い池と白ひげの滝へ。ホクレンフラッグを集めながら苫小牧へ。総走行距離2400km、北海道ツーリング完結。

青森での仕事を終え、夕方の新幹線で函館へ。ラッキーピエロのバーガー、八幡坂の黄昏、函館山の夜景、HAKODATE BEERと海鮮丼。3泊4日の北海道車旅、初日の函館の夜の記録。

函館から羊蹄山(蝦夷富士)へ。毛無山展望所、ニッカウヰスキー余市蒸溜所、余市宇宙記念館スペース童夢、小樽駅・小樽運河の夕景、旧手宮線跡まで。北海道車旅2日目の記録。

積丹半島の海岸線を走る一日。朝の美国の黄金岬、神威岬の女人禁制ゲートとチャレンカの道、積丹ブルーと神威岩、清寿司支店のウニ・イクラ丼。北海道車旅3日目の記録。

北海道車旅の最終日。函館朝市の活イカ、五稜郭タワーから見下ろす星形の城郭、ラッキーピエロのバーガー、北海道第一歩の地碑で旅を締めくくる。

バイク2回・車1回、北海道を走った記録。それぞれのルート・宿泊地・印象に残ったスポットを地図と一緒にまとめました。

1779年創業、アイラ最古級の蒸溜所ボウモア。海辺の倉庫で熟成されたシングルモルトは、潮の香りと穏やかなピートが同居する定番中の定番。

サントリー角瓶、ニッカ Session 奏楽、Nikka Frontier。家の棚に並んだ日本の定番ブレンデッド3本を飲み比べ。それぞれの位置付けと味の輪郭を整理した。

滋賀・長濱蒸溜所のAMAHAGAN シリーズから、Metalic Label Edition。30年熟成原酒や長期熟成の長濱モルト、シェリー樽追熟のヘビリーピーテッドを組み合わせた、TWSC2023金賞のブレンデッドモルト。

秩父・ベンチャーウイスキーが手がけるイチローズモルト&グレーン ホワイトラベル。秩父産モルトを核に世界5か国の原酒をブレンドしたワールド・ブレンデッド・ウイスキーを家で開けた。

キリン・富士御殿場蒸溜所のジャパニーズウイスキー「富士」シングルグレーンとシングルモルトを家で並べて飲み比べ。富士山の伏流水とアメリカ/カナダ/スコットランド3系統のグレーンを持つ稀有な蒸溜所の現在地。

バランタイン21年とBallantine's Single Malt Glenburgie 15年。ブレンデッドの完成形と、その骨格となるキーモルトを並べて飲むと、バランタインというブランドの設計が立体的に見えてくる。

ザ・マッカラン12年のトリプルカスク・マチュアードとシェリーオーク。同じ12年熟成、同じ蒸溜所、同じ40度——違うのは熟成樽だけ。樽が決める味の差を家で並べて検証した。

ジョン・ウォーカー社の創業200周年を記念したCelebratory Blend。19世紀のオリジナル・ブレンドからインスピレーションを得た、時代を遡るための一本。

ウイスキーくじで当てた、秩父蒸溜所のシングルモルト「Red Wine Cask 2023」。フレンチオークの赤ワイン樽でフィニッシュされた限定ボトルを家でゆっくり開けた記録。

静岡蒸溜所(ガイアフロー)の定番シングルモルト「UNITED S」。2基のポットスチル(軽井沢由来のK/薪直火のW)を組み合わせた、静岡らしさを凝縮した一本を家で開けた。

北海道余市の蒸溜所で買ったニッカ鶴。デカンタ型のクリスタルボトルに入った長期熟成プレミアムブレンデッドを家でゆっくり開けた。

ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝の名を冠したピュアモルト。余市と宮城峡のモルトを掛け合わせた、ジャパニーズブレンデッドモルトの定番を家でゆっくり開けた。

台湾行きの便の機内販売で買った、ニッカ 竹鶴 ピュアモルト Grande Travel Exclusive。アルコール度数45%の免税向けスペック、銀色の化粧箱が目印。

サントリー響シリーズの中堅、Blender's Choice。最低12年・一部30年熟成のモルトとグレーンに、赤ワイン樽追熟原酒を絡めた、響らしさを再構築した一本。

新潟は米と水と杜氏の土地。新潟旅で寄り道しながら買い集めた4本——越乃景虎、弥彦カップ、サッポロ風味爽快ニシテ、天領盃を一気に飲み比べた。

家のキャビネットに並ぶジャパニーズウイスキー4本——山崎・響・白州・戸河内。サントリー御三家と広島の隠れた名作の中で、僕が一番手を伸ばすのは山崎と戸河内だ。

同じ銘柄なのにラベルが違う2本——海外向け並行輸入品と日本国内品のニッカ From The Barrel を並べて飲み比べてみた。51.4%の高アルコール、Re-vatted製法のブレンデッドウイスキー。

日本に留学していたベリーズの友人がスーツケースで持ってきてくれたブキャナンズ 12年。中南米で贈答酒として愛されるブレンデッドスコッチを、緑のボトルと赤いキャップに込められた歴史と一緒に振り返る。

2025年1月のパナマ旅行で自分で買ったロン・アブエロ。Varela Hermanos S.A.(1908年創業)の代表ラム、レセルバ・エスペシャルの375ml小瓶。

スコットランド最北・オークニー諸島で作られるハイランドパーク 12年。ヘザーピートとヴァイキングの土地が育てた、複雑で気品のあるシングルモルト。

2022年8月の北海道車旅で余市蒸溜所に立ち寄り、蒸溜所限定ブレンデッド、シングルモルト余市の飲み比べセット、終売後の復刻ピュアモルトRed&Blackを買った。

寒波が来ている。こういう夜は熱燗に限る。電子レンジで雑に温めるのではなく、ちゃんと燗をつけて飲みたい——そんな気持ちで日本酒を2本買ってきた。

バイクで北海道を2回走って分かった、本当に必要な装備リスト。バッグ・ウェア・雨具・キャンプギア・クマ対策・ガジェットまで、カテゴリ別に紹介。

長距離フライトを少し快適に過ごすための工夫をまとめました。空気式ネックピロー(Tabine)、有線イヤホン(final E3000)と2ピン変換、AirFly Pro、コンタクト用アルコールティッシュ、踵を踏める2way系シューズ(KEEN HOODMOC HS)、サムソナイト+LOJELのスーツケース2個体制など、エコノミー席でも使いやすい持ち物を実体験ベースで紹介します。

知床半島の入り口に「ヒグマ撃退スプレーの携行を推奨」と公式案内板が立っていた。北海道ツーリングで実感したヒグマの存在と、用意したいUDAP 12HPの紹介。

中南米を中心に長期滞在を続けて行き着いた、海外ホテルでの実践的な工夫。速乾下着・Tシャツ、手洗いバッグ、洗濯ロープ、TSAロック、そしてチップの妥当額——道具と作法の両方で、長旅をぐっと楽にする方法をまとめます。

スペイン語を学ぶとき、辞書選びは意外と重要だ。中米で生活しながら実際に使い倒してきた経験から、辞書選びの3つのポイントをまとめてみる。