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世界七不思議のチチェン・イッツァを歩いた午後、ADOバスでさらに東へ進み、ユカタン半島の東岸——カリブ海沿いのリビエラ・マヤへ向かった。2週間のメキシコ周遊もいよいよ最終局面で、目指すのはカンクン・透明度の高いセノーテ・トゥルム遺跡の3点だ。

カンクン以南のカリブ海岸は「リビエラ・マヤ(Riviera Maya)」と呼ばれる、カンクン直下からトゥルムまで約130kmにわたるリゾート海岸線。1970年代以前はほぼ無人の海岸だったが、メキシコ政府のFONATUR(観光振興庁)が国家開発プロジェクトとしてカンクンを設計し、その南へリゾート開発が連鎖していった現代のメキシコ最大の観光ベルトだ(参考: Encyclopædia Britannica — Cancún)。古代マヤ文明の遺跡と、白砂のビーチと、数千の天然井戸が同居する、メキシコでも独特の地域。

カンクンの夜——ホテルゾーンに1泊

ツアーは使わず、メリダ周辺からADOの長距離バスで自力でカンクンへ移動。カンクンのホテルゾーン(Zona Hotelera)のビーチで日没を眺め、そのまま1泊した。カンクンは内陸の旧市街(Centro)と、海岸沿いに細長く伸びるL字型のホテルゾーンに二分された都市で、観光客の大半は後者で泊まり、海と内陸ラグーンに挟まれた砂の細い帯の上を行き来する。

カンクンの桟橋越しに見るカリブ海
カンクンのホテルゾーンの桟橋越しに見るカリブ海。透明度の高い水と、薄い夕方の光。
ホテルゾーンのビーチとホテル群
ホテルゾーンのビーチ。背後にはチェーン系の高層ホテルが並ぶ。海岸に流れ着いた茶色はサルガッサム(流れ藻)で、近年カリブ海一帯で大量漂着が問題化している。

カンクンの基本構造はリゾート専用都市で、現地の人が暮らすのはホテルゾーンの外側、ターミナル周辺の旧市街。観光と生活が物理的に切り離された街の作り——リビエラ・マヤを象徴する空間構成が、ここにそのまま現れている。

透明度100mのセノーテ——半洞窟の青い水

翌朝、カンクンから南下しトゥルム近郊のセノーテへ。「セノーテ(Cenote)」はマヤ語の dz'onot に由来する語で、ユカタン半島の石灰岩台地が地下水で侵食されてできた天然の井戸・地下水脈の総称だ。ユカタン州観光局によれば半島全体で6,000以上のセノーテが分布しているとされる。地質学的には6,600万年前のチクシュルーブ・クレーター(恐竜絶滅をもたらした巨大隕石衝突跡)の輪郭に沿ってセノーテが分布することも知られていて(Britannica — Chicxulub crater)、地球史と直接つながる地形でもある。

半洞窟型セノーテの開口部
半洞窟型セノーテの開口部。鍾乳石のような天井と、底まで透けて見える青緑色の水。淡水と若干の海水が層をなしているハロクラインがあるセノーテも多い。

水着に着替えて飛び込むと、「100m先まで見える」と現地の人に言われたのが大げさではなかった。ぬるくも冷たくもない地下水で、深いところでは石灰岩の壁が遥か下まで続いていく。光の入る角度によって水中の青の濃さが変わり、自分の手が水の中で水彩のように見える。マヤがセノーテを「冥界の入口」と呼んだ意味が、泳いでみるとわずかに分かった気がする。

セノーテの透明な水と水底の岩
水底の岩が水面越しにそのまま見える透明度。光が射し込むと、水中全体が淡いターコイズに発光して見える。
セノーテの細い水路
セノーテ内の細い水路。蔓植物の根が水面まで垂れ、岩のすき間から差す光が水底まで届く。

マヤ古代社会において、セノーテは飲料水源であると同時に雨神チャアクへの祭祀施設であり、チチェン・イッツァの聖なるセノーテのように生贄や奉納品が捧げられた場所でもあった。現在はリビエラ・マヤ最大の観光資源のひとつで、有名なGran Cenote・Dos Ojos・Cristalinoなどには連日多くのスノーケラー・ダイバーが訪れる。

トゥルム遺跡——カリブ海を見下ろすマヤの港

セノーテのあと、リビエラ・マヤ南端の世界的な遺跡トゥルム(Tulum)へ。マヤ後古典期(13〜15世紀)に栄えた港湾交易都市で、3方を防壁で囲み、東側は崖がそのままカリブ海に落ちる、メキシコでも珍しい立地のマヤ遺跡だ。古名はZama(ササマ・夜明けの場所)と推定されている(INAH — Zona Arqueológica de Tulum)。

トゥルム遺跡の入口付近
トゥルム遺跡の入口付近。一面のサボテンと熱帯植生の向こうに、奥のCastilloが小さく見える。

遺跡内を進んで東端の崖に出ると、El Castillo(要塞)がいきなり目の前に立ち上がる。崖の縁すれすれに建つ最大の建物で、カリブ海の青と石灰岩の灰が衝突する圧倒的な景観だ。チチェン・イッツァのスケールでもウシュマルのPuuc様式の繊細さでもない、「海と直接対面したマヤ」がここにある。

1518年、Juan de Grijalva 率いるスペイン船団がメキシコ沿岸を北上したとき、海上から最初に目に入ったマヤ都市のひとつがこのトゥルムだった。当時の彼らの航海日誌に「セビーリャほどの大きさの街」と書かれた——実際にはずっと小規模な遺跡だが、白漆喰で覆われた石造の建物群が、海から見るとそれだけ存在感を放っていたのだろう(参考: Encyclopædia Britannica — Tulum)。

風神神殿が建つ岬
Templo del Dios del Viento(風神神殿)。風通しの良い岬の上に立つ円形に近い基壇の小さな神殿で、海上から確認しやすい目印として航海の役目も果たしたとされる。
崖の上のEl Castilloと展望デッキ
El Castillo は遺跡の東端、崖の縁に建つ。観光客は安全のため木製の展望デッキから眺める。眼下にはトゥルム・ビーチと礁が透けて見える。

規模はチチェン・イッツァの十分の一程度で、見て回るのに2時間あれば足りる。だが遺跡全体の雰囲気は前日までのどのマヤ遺跡とも違っていた——ジャングルでも台地でもなく、海風と塩の匂い、観光客の半分が水着のまま歩いている、リゾートと遺跡が同じ平面で混じり合った独特の空間。海岸沿いという地理が、マヤ後古典期の海上交易ネットワークの一拠点という性格まで形作っていた、ということを身体で理解できる場所だった。

2週間のメキシコ周遊を終えて

トゥルムからカンクン国際空港までは車で約2時間。空港からの帰国便で、6月19日にメキシコシティに降り立ってから2週間にわたるメキシコ周遊が終わった。

テオティワカンの巨大ピラミッド、ジャングルのパレンケ、要塞都市カンペチェ、Puuc様式の頂点ウシュマル、世界七不思議のチチェン・イッツァ、そしてカリブ海岸のトゥルム。同じ「メキシコの古代文明」と一括りに紹介されがちなこれらの遺跡は、訪れてみると驚くほど性格が違う。テオティワカンとマヤだけでなく、マヤの中ですら古典期と後古典期、Puuc圏と中央高原系、内陸都市と港湾都市で、建築・人口・宗教・生活がそれぞれ別の論理で動いていた。

マヤ・メソアメリカは「ひとつの古代文明」ではなく「同時代に並走した複数の都市・地域連合」だった——2週間で7つの遺跡を歩いてみて、それが頭ではなく体でようやく分かった。崖の上のトゥルムでカリブ海を眺めながら、地中海のローマ世界を歩くようなものだ、と思った。

今回訪れた場所

1
カンクン・ホテルゾーン Zona Hotelera de Cancún
キンタナ・ロー州。1970年代に FONATUR が国家計画として開発した人工リゾート。L字型に伸びる細い砂州の両側に高層ホテルが並ぶ
2
トゥルム周辺のセノーテ Cenotes around Tulum
Gran Cenote・Dos Ojos・Cristalino など、半洞窟型・開放型を含む多数のセノーテが集中。透明度の高さで知られ、世界有数の水中洞窟ダイビング地帯でもある
3
トゥルム遺跡 Zona Arqueológica de Tulum
マヤ後古典期(13〜15世紀)の港湾交易都市。3方を防壁で囲み、東面は崖がそのままカリブ海に落ちる稀有な立地。古名 Zama(夜明けの場所)と推定
4
El Castillo(要塞)
トゥルム最大の建造物。崖の縁ぎりぎりに建ち、海上からの目印・港湾灯台としても機能したとされる
5
風神神殿 Templo del Dios del Viento
岬の上に建つ円形に近い基壇の小神殿。形状から風神への祭祀施設と推定される

旅行ガイド(一般情報)

※本セクションは公開情報をもとに編集者が補足したものです。料金・運行情報など最新の状況は公式サイトでご確認ください。

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