2014年3月。任地サンビートの診療所で脳卒中の患者さんのために装具を一つ自作したのが、2月のこと。装具のことを考え続けていた頃、首都サンホセに上がる用事ができた。それなら、コスタリカの国立リハビリテーションセンターを見ておきたい。先輩隊員に頼んで、案内してもらえることになった。
サンビートから首都までは、山道のバスで7時間以上。早朝に家を出て、サンホセに着いたのは昼前だった。
CENARE という場所
CENARE は Centro Nacional de Rehabilitación「Dr. Humberto Araya Rojas」——コスタリカ社会保障基金 CCSS が運営する国立のリハビリテーションセンターだ。場所はサンホセ郊外のラ・ウルカ地区。1977年に開設された、コスタリカ全国の公的リハ施設の中枢にあたる。
この施設が構想された出発点は、1950年代のポリオ流行だった。当時のコスタリカでは5万人を超える子どもがポリオに罹ったと記録されている。先輩世代の医師たちが、その後の長い時間をかけて、国全体のリハビリ体制を作っていった——CENARE の名前に冠された Dr. Humberto Araya Rojas は、その流れの中心にいた小児科医だ。
Bienvenidos cenare — Una meta a la vez
正面ゲートをくぐったところに、CENARE の看板がある。Bienvenidos(ようこそ)、ロゴは星に手を伸ばす青い人のシルエット、その下に Una meta a la vez——「一度に、一つの目標を」。リハビリの本質を、たった4語で言い切っている。装具一つを作るのに金物屋を回って数週間かけた直後の自分には、このフレーズが頭にしばらく残った。
パイプで作った拘縮予防の道具
建物に入って案内されたのは、訓練室と装具室。最初に目が止まったのは、塩ビパイプを組み合わせた手作りの装置だった。脳卒中後に手指や手首が硬くなって動かなくなる「拘縮」を予防するための、ストレッチ用の道具。シンプルな構造で、すぐに自分でも作れそうな代物だった。
説明してくれた先輩隊員が、ぽつりと言った。「これも昔、協力隊が教えたらしい」。何年も前にこの施設にいた日本人スタッフが置いていった工夫が、いまも現場で使われ続けている。活動が、根付いている。短い言葉だったけれど、そのとき自分が任地でやっている目の前のことが、何十年単位の時間軸の上に乗っているのだということが、ふいに見えた。
装具室の棚
装具室にも案内してもらった。膝装具がきれいに棚に並んでいる。サイズ別、種類別。「最新機器はないけど、物理療法系は日本より揃ってる」と先輩隊員は笑っていたが、整理された棚の様子だけ見ても、ここがリハ施設として長い時間をかけて整えられてきた場所だと分かる。
凸凹マット、サンビートに欲しかったもの
訓練室には、足の裏で踏むと感覚刺激が入る凸凹マットがあった。ゴム製で、表面に丸い突起がたくさんある。脳卒中後の感覚再教育や、糖尿病性神経障害のフットケアにも使える。日本のリハ室では珍しくないが、サンビートには無かった——というより、サンビートの診療所には、訓練用の専用器具は何もなかった。あるのは、僕の手と、患者さんの体と、たまに借りる老人ホームの歩行器ぐらい。
「凸凹マット、サンビートに欲しい」。当時その場でメモに書いた。リハの専門器具のうち、本当に欲しいものはそんなに多くない。でも、ある場所と無い場所のあいだの落差は、思っているより大きい。
プールへのリフト
奥に進むと、水中リハビリ用のプールがあった。プールサイドには、自力で水に入れない患者さんを座ったまま運ぶリフトが備え付けられていた。日本でも導入されている施設はあるが、自分が現場で見たことはあまりなかった。コスタリカの公的施設にこれがある、というのは率直に意外だった。
初めて稼働を見た大型機器
最後に通された部屋には、見たことのない大型の機器が置かれていた。立位を保ちながら全身の運動を補助する装置で、似た発想の機器の存在は知っていたし、日本にも導入している施設はあったはずだ。けれど、当時の自分が関わっていた臨床現場でこれが稼働しているのを見たことはまだなかった。「使ってみたい」と、その日のメモには書いた。「最新機器はない」と聞いて入ってきた施設で、現物に出会うのは、けっこう面白い体験だ。
その後の研究につながった景色
CENARE での1日は、午後遅くに案内が終わった。先輩隊員に礼を言って、夕方のバスでサンビートに戻った。山道を揺られながら、頭の中をぐるぐる回っていたのは、施設の機器そのものよりも、もっと地味なことだった。
同じコスタリカの中で、サンビートの診療所に無いものが、CENARE には当たり前のように揃っている。装具を自作するしかなかった任地と、装具を専門に作る国立施設のあいだには、バスで7時間という物理的な距離以上に、患者がそこへ辿り着くまでの制度の長さがある。「無い」ことに気づくには、「ある」現場を見ないといけない。あの日の見学は、自分にとってそういう意味で大きかった。
背景情報(一般情報)
※本セクションは公開情報をもとに編集者が補足したものです。最新の制度は公式情報でご確認ください。
CENARE(コスタリカ国立リハビリテーションセンター)
- 正式名称: Centro Nacional de Rehabilitación「Dr. Humberto Araya Rojas」
- 所在地: ラ・ウルカ地区、サンホセ州、コスタリカ
- 運営: CCSS(Caja Costarricense de Seguro Social/コスタリカ社会保障基金)
- 開設: 1977年3月28日
- 歴史的経緯: 1950年代のコスタリカで大規模ポリオ流行(5万人以上罹患の記録)が発生し、これをきっかけに国家的リハビリ体制の構築が始まった。1965年に Dr. Humberto Araya Rojas が建設構想を立ち上げ、その後20年以上をかけて開設に至った
コスタリカのリハ・補装具供給
- 地理的偏在: リハ・装具製作の中枢機能は首都サンホセに集中。地方の患者は数百キロ先の CENARE まで通うか、地域の限られた選択肢で対応する
- 装具の公的製作: 公的に処方される短下肢装具は SHB(Shoehorn Brace)が標準。完成まで数ヶ月〜半年以上かかる例が多い
- 装具のバリエーション: 限られた予算と人材で運営されるため、装具の種類は実質的に絞られている。タマラック足継ぎ手などの選択肢は現場で必ずしも一般的でない
参考リソース
- CCSS — CENARE 公式情報
- Caja Costarricense de Seguro Social(CCSS)
- Ministerio de Salud Costa Rica(コスタリカ保健省)
- WHO — Priority Assistive Products List
※本記事は2014年の見学時点の個人的な記録であり、現在の CENARE の状況・設備・運用は変化している可能性があります。最新の情報は CCSS および CENARE 公式の情報をご確認ください。