アルゼンチン政府は6月、「政令407号」(Decreto 407/2026)を官報に掲載しました。失効状態のまま放置されていた約150件の産業別労働協約について、労働省が使用者団体と組合を招集し、再交渉させるという内容です。2月末に上院を通過した労働改革法に続く、1年に満たない間での2度目の大きな働き方の再設計です。
何が起きたか──2月の法律と6月の政令
2月28日に可決された労働改革法は、解雇規制の緩和、1日の最長労働時間の12時間への延長、超過勤務手当の圧縮、ストライキ権の制限、病欠給付の削減を含む包括的なものでした。2月19日にはCGT(アルゼンチン労働総同盟)の呼びかけで全国ストが行われ、ブエノスアイレスは事実上停止しましたが、法案は通過しました。
6月の政令407号はさらに踏み込みます。政府の説明は「市場の実態と乖離した旧い協約の整理」。労組側の受け止めは「国家による労使自治への上からの介入」です。産業別協約が効力を失えば交渉は企業単位に分散し、組合組織率の低い中小事業所の労働者は、より不利な個別条件を受け入れざるを得なくなるリスクがあります。
背景──インフレ鎮静の影で
ミレイ政権発足前の2024年、月次インフレは2桁に達していました。2025年末には2%台まで低下し、これは緊縮政策の「成果」として報じられています(直近の物価動向は既報)。しかし同じ期間に非公式雇用が拡大し、実質購買力は圧縮されました。
IMFは拡大融資プログラム(EFF)の文脈で労働市場の柔軟化を支持する立場です。一方、ILOは改革法のストライキ権制限が国際基準に抵触する可能性に懸念を表明しています。国際機関の間でも評価が割れている改革だということです。
論点──「賃金の床」が抜けるとき
アルゼンチンの団体交渉は歴史的に、産業全体をカバーする協約が賃金の下限を守る「垂直型」の構造を持ってきました。この構造が空洞化すると、中間層を支えてきた賃金水準の下落が起きうる──これが労働研究者の最も警戒するシナリオです。今年のメーデーには、正規の組合員だけでなく非正規・フリーランスの働き手や若年層が広く抗議に加わったと報じられており、影響の裾野の広がりを示しています。
筆者の視点
この改革の評価は、どの時間軸で見るかで変わります。短期ではインフレ鎮静と雇用の柔軟化が投資を呼ぶ可能性があり、長期では賃金の床の喪失が内需と社会保障の基盤を削る可能性がある。どちらも「ありうる」からこそ、観察する側は両方の指標を並べて見る必要があります。ミレイ政権は同時期に「予算切れの省庁を止める」構想も打ち出しており(既報)、国家の役割の縮小という一貫した設計思想の中にこの政令もあります。
ウォッチすべきは、政令407号に基づく最初の再交渉ラウンドがどの産業から始まるか、そして実質賃金指数と登録雇用者数の月次推移です。「協約の現代化」が賃金の底上げと両立するのか、それとも床が抜けるのか──答えは統計に出ます。
用語メモ
convenio colectivo(コンベニオ・コレクティボ)=労働協約。paro nacional(パロ・ナシオナル)=全国スト。CGT=アルゼンチン労働総同盟、同国最大の労組ナショナルセンター。
インフレを止めることと、働く人の生活を守ることが、同じ政策の両面である保証はどこにもない。
参考リンク
- Argentina Senate approves contentious Milei-backed labour reforms | Al Jazeera (2026-02-28) — aljazeera.com
- Strike over labour reforms brings Argentina's capital to a near-standstill | Al Jazeera (2026-02-19) — aljazeera.com
- Milei intensifies his attacks on labour rights in Argentina | Progressive International (2026-06-20) — progressive.international
※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。最新の数字・日程・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。