2026年7月22日、米国は通商法301条(Section 301)に基づく25%の追加関税を、ブラジルからの輸入品に発動しました。対象は家具・エタノール・機械・靴・砂糖などで、ブラジルの対米輸出のおよそ2〜3割に相当する品目群です。一方で牛肉・コーヒー・オレンジ果汁・航空機部品など、米国内の物価や産業への影響が大きい品目は適用除外とされました。
「50%関税」はなぜ消えたのか
対ブラジル関税をめぐる経緯は、この1年で二転三転しました。2025年、トランプ政権は国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に、ボルソナロ前大統領の裁判やブラジルのデジタル政策などを理由として、基本10%に40%を上乗せした最大50%の関税を課しました。しかし米連邦最高裁は2026年2月20日、IEEPAを根拠とする関税を違法と判断し、これらの関税は2月24日に撤廃されました。
今回の25%は、その「空白」を埋める措置です。米通商代表部(USTR)はデジタル貿易・知的財産・エタノール市場アクセス・腐敗対策・違法伐採などを対象とする301条調査を進めており、その結論として制裁関税に踏み切りました。IEEPAという緊急権限が使えなくなった後、より時間はかかるが法的に堅い301条へ根拠を乗り換えた——というのが今回の構図です。
メキシコが守られ、ブラジルが直撃される理由
同じ中南米でも、メキシコの立ち位置は対照的です。米国・カナダ・メキシコ協定(USMCA)の適格品目は引き続き実質ゼロ関税が維持されています。ただしそのUSMCA自体が、2026年7月1日に始まった公式見直しプロセスの中にあります。米国は現行のままの延長を拒み、年次レビューという不安定な段階に入りました(USMCA再審査の既報参照)。
ブラジルにはUSMCAのような対米協定の傘がありません。代わりに動いているのが欧州連合(EU)とメルコスールの貿易協定です。2026年1月に署名され、暫定貿易協定は5月1日から暫定適用が始まり、関税削減はすでに動き出しています。中国向けの大豆・鉄鉱石輸出の拡大とあわせ、ブラジルは対米依存の相対化を進めていますが、対米輸出は全体の約1割を占めており、米国市場での販売網を短期間で代替することはできません。
選挙の年の通商カード
ブラジルでは2026年10月4日に大統領選挙の第1回投票(決選投票は10月25日)が予定されており、ルラ大統領は再選を目指すと表明しています。米国との関税対立は、主権擁護の姿勢を示す材料にも、経済への打撃を問われる材料にもなり得る、両刃の争点です。
筆者の視点
この一件でいちばん重要なのは、25%という数字よりも「違憲判決が出ても、政権は別の法的根拠で同じ政策を再構築できた」という事実だと思います。IEEPAの関税が最高裁で否定されたとき、通商圧力は終わるという見方もありました。実際には約5か月で301条に乗り換えた。手続きに時間がかかる分だけ品目は絞られ、除外リストも付きましたが、圧力の構造そのものは温存されています。
ウォッチすべき指標は3つあります。USTRの適用除外リストの更新(品目の追加・削除は交渉の進み具合を映します)、ブラジルが世界貿易機関(WTO)や対抗措置に踏み込むかどうか、そしてUSMCAレビューの中間報告です。「協定の傘があるか否かで明暗が分かれる」という今回の教訓は、傘そのものが揺らげば前提から変わります。
用語メモ
Section 301(通商法301条)=不公正な貿易慣行に対して調査・制裁を可能にする米国の通商法。IEEPA(国際緊急経済権限法)=大統領に緊急時の経済制裁権限を与える法律。関税の根拠としては2026年2月に最高裁が否定。USMCA=米国・メキシコ・カナダ協定。NAFTAの後継。Mercosur(メルコスール)=ブラジル・アルゼンチンなどの南米南部共同市場。
関税の法的根拠は変わっても、圧力という目的は変わっていない。
参考リンク
- US slaps 25% tariffs on Brazilian goods after probe on unfair trade practices | Courthouse News — courthousenews.com
- Brazil in the Crosshairs: What Brazil's New Section 301 Tariff Means | Troutman Pepper Locke — troutman.com
- United States Terminates IEEPA-Based Tariffs Following Supreme Court Decision | White & Case — whitecase.com
- Trump's new tariffs on Brazil reflect weakness of US trade strategy | PIIE — piie.com
- EU-Mercosur: provisional application of the interim trade agreement | White & Case — whitecase.com
※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。最新の数字・日程・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。