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2026年7月13日、世界保健機関(WHO)と汎米保健機構(PAHO)は、エルサルバドルを「トラコーマを公衆衛生上の問題として制圧した国」として正式に認定しました。中米諸国では初、米州全体でも2番目の達成です。同じ週にはサンサルバドルで域内各国の担当者が集まる会合も開かれ、トラコーマ制圧を加速するための地域連携が確認されました。

何が起きたか

トラコーマはクラミジア・トラコマティスという細菌による眼の感染症で、感染を繰り返すうちにまぶたの裏が瘢痕化し、まつ毛が眼球側に向いて角膜を傷つけ、最終的に失明に至ります。感染者の眼や鼻の分泌物との接触、それを運ぶハエを介して広がるため、水と衛生環境が整わない地域で集中的に発生します。WHOが撲滅を目指す「顧みられない熱帯病(NTD)」の一つで、世界では今も約190万人がトラコーマによる視覚障害や失明を抱えているとされます。

エルサルバドルでは過去に農村部の一部で流行が疑われていましたが、2023年から2026年にかけて、環境・社会的リスク要因から特定された地域を対象に集中的な評価調査が行われました。その結果、子どもの活動性感染も、成人の失明につながる重症例も、WHOの基準値を超えては確認されませんでした。

多部門アプローチが効いた

WHOとPAHOの発表が強調するのは、保健セクター単独ではなく多部門を束ねた取り組みです。プライマリ・ヘルスケアの強化、水・衛生(WASH)環境の改善、眼科医療サービスの整備、視力スクリーニングの拡大が組み合わされました。PAHOは「米州トラコーマ制圧イニシアティブ」を通じてカナダ政府の協力を得ながら各国を支援しており、エルサルバドルの認定はその枠組みの成果でもあります。

トラコーマ対策の国際標準としては、手術(Surgery)・抗菌薬(Antibiotics)・顔の清潔(Facial cleanliness)・環境改善(Environmental improvement)の頭文字を取った「SAFE戦略」が知られています。エルサルバドルの経験は、この考え方を上下水道整備をはじめとする開発課題全体に埋め込んだ点に特徴があります。

「制圧」は「根絶」ではない

注意したいのは、今回の認定が「制圧(elimination as a public health problem)」であって「根絶(eradication)」ではないことです。WHOの基準値を下回った状態を指すもので、感染がゼロになったわけではありません。感染症対策の歴史では、制圧後の油断が再流行を招いた例が繰り返されてきました。人口移動や都市外縁部の衛生インフラ格差が残るなかで、継続的なサーベイランスが不可欠です。

PAHOは2030年までに米州で30以上の感染症・関連疾患の制圧・根絶を目指す目標を掲げており、今回の認定はその一里塚です。7月の地域会合では、域内でまだ流行が残る国々がエルサルバドルの経験から学ぶためのサーベイランスの経験や手法の共有も話し合われました。

筆者の視点

僕は補装具費支給制度や社会保障を研究していて、コスタリカを中心に中南米の保健医療を見てきました。その立場から今回のニュースで注目したいのは、「障害の予防」と「障害への支援」が制度の別々の場所に置かれがちだという点です。日本では、視覚障害が残れば身体障害者手帳の交付や補装具費支給制度(視覚障害者安全つえや弱視眼鏡など)につながりますが、その手前にある感染症対策は公衆衛生行政の領域で、両者の接続は自明ではありません。エルサルバドルの取り組みは、WASHや学校保健という「手前側」への投資が、将来の障害福祉の需要そのものを減らすことを示す好例です。

コスタリカの医療現場を回っていた頃、眼科をはじめとする専門医療は首都圏に集中し、農村部の患者が受診までに長く待たされる場面を見てきました。トラコーマに限らず、「予防可能な失明」への対応力は、専門医の数よりも、プライマリケアとスクリーニングが末端まで届いているかで決まります。エルサルバドルが視力スクリーニングの拡大を制圧の柱に据えたのは、この意味で理にかなっています。

続報を追うなら、見るべき指標は二つあります。一つはPAHOの2030年目標に向けた域内他国の認定の進み方、もう一つはエルサルバドル自身の制圧後サーベイランス(定期調査の実施と結果公表)です。「制圧」の発表は終わりではなく、感染ゼロを当たり前にしていく段階の始まりです。

用語メモ

トラコーマ(tracoma/trachoma)は細菌性の眼感染症で、繰り返す感染が失明につながります。「制圧」を意味するeliminación como problema de salud pública(英:elimination as a public health problem)は、WHO基準値未満への抑え込みを指し、感染ゼロの「根絶(erradicación/eradication)」とは区別されます。NTD(enfermedades tropicales desatendidas)は「顧みられない熱帯病」の略称です。

「制圧」は終わりではありません。感染ゼロが当たり前になった日から、本当の意味での根絶が始まります。

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※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。最新の数字・日程・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。