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ハイチの暫定選挙評議会(CEP)は7月11日、8月30日に予定する大統領・議会選挙の参加資格審査を終え、申請320政党のうち316政党を正式に承認しました。ジョブネル・モイーズ大統領の暗殺(2021年)以来、10年近く選挙のなかった国が、ようやく投票の輪郭をつかんだように見えます。ただし足元の現実は、承認通知の一枚で変わるものではありません。

何が起きたか

国連によれば、首都ポルトープランス都市圏の約9割は、いまもギャング連合「ヴィヴ・アンサンム(Viv Ansanm)」などの武装集団が実効支配しています。かつて使われた投票所の多くが、こうした制圧地域の中に残されたままです。7月4日から9日にかけては郊外ケンスコフで衝突が激化し、少なくとも8人が死亡、約5,800人が避難を強いられました。2026年第1四半期だけで1,642人が命を落としたという数字は、「選挙の実施を前提とした議論」そのものの難しさを物語ります。

CEPは当初、資金不足と治安情勢を理由に投票の延期を示唆していましたが、最終的に8月30日の日程を維持しました。一方で、有権者登録・候補者登録の公式スケジュールはまだ公表されていません。選挙予算は1億2,000万ドルで合意が成立したとされますが、正式な採択には至っていません。

背景──統治の空白と、遅れる治安部隊

2026年2月に暫定大統領評議会が解散して以降、アリックス・ディディエ・フィス=エメ首相が唯一の執政として国を運営しています。10年の空白が生んだ統治の空洞を選挙で埋めるという方向性は国際社会も共有していますが、治安の裏付けが追いついていません。ケニア主導の多国籍安全支援ミッション(MSS)は今年3月に撤収し、後継のギャング鎮圧部隊(GSF)への移行が進んでいますが、各国が約束した人員・資金の多くはまだ届いていないのが実情です。

国連安全保障理事会の7月の月次予測報告は、状況を「深く不確実」と表現しました。570万人のハイチ人が深刻な食料不安にあり、社会の側に選挙へ割けるエネルギー自体が乏しいという現実もあります。

論点──選挙そのものより、選挙の後

316政党の承認は、手続きとしては確かな前進です。しかし、ハイチの本質的な問題——武装集団を解体できないままの治安、機能しない国家インフラ、支援疲れの見え始めた国際社会——は、8月30日を境に消えるわけではありません。選挙が予定どおり実施されたとして、誰が当選しても、武装集団との共存か衝突かという同じ選択を迫られます。

それでも選挙に意味がないわけではありません。10年間、ハイチの統治者は誰も有権者に選ばれていません。どれほど不完全でも、正統性を持つ政府の存在は、国際支援の受け皿としても、武装集団と対峙する主体としても、出発点になり得ます。問題は「選挙ができるか」から「選挙の結果を守れるか」へと移っていきます。

筆者の視点

316という政党数に、僕は少し立ち止まりました。人口1,100万あまりの国で316政党。これは政治参加の熱意の表れというより、政党という制度が「組織」ではなく「個人の看板」として機能していることの表れだと思います。断片化した政党システムは、選挙が実施できたとしても、その後の議会運営と連立形成を極めて難しくします。

ハイチのニュースは治安の悲惨さで語られがちですが、本当の勝負は制度の再建という地味な領域にあります。選挙管理、政党法、地方行政。派手さのないこれらの積み木を、暴力の圧力の下で積み直せるか。8月30日は終わりではなく、その長い作業の始まりの日付です。

用語メモ

Conseil Électoral Provisoire(コンセイユ・エレクトラル・プロヴィゾワール、CEP)=暫定選挙評議会。ハイチはフランス語・クレオール語圏なので、今回はフランス語の用語です。Viv Ansanm(ヴィヴ・アンサンム)=クレオール語で「共に生きる」。皮肉なことに、首都を支配するギャング連合の名称です。insécurité alimentaire(アンセキュリテ・アリマンテール)=食料不安。人道報告の頻出語です。

投票区の大半を武装集団が押さえる国で10年ぶりの選挙を成立させるのは、手続きの問題ではなく、力の問題だ。

参考リンク

※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。最新の数字・日程・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。