← 中南米ニュースに戻る

エルサルバドルのブケレ大統領が「マノ・ドゥーラ(鉄の拳)」と呼ばれる強硬な治安政策で示した実績は、いま中南米各国に広がっています。さらに米国が2025年2月、シナロア・カルテルやトレン・デ・アラグア、MS-13などを外国テロ組織(FTO)に指定したことで、政府側の圧力は一段と強まりました。ところが、その強い圧力は組織を壊滅させるどころか、「より小さく、より危険な」形へと変えている——。2026年6月16日付のシンクタンク報告書は、そう指摘しています。なぜ取り締まりを強めるほど相手が手強くなるのか、その構造を整理します。

分断が生む「自律型の細胞」

大きな組織ほど、首脳部の逮捕や幹部の死亡というリスクに備える必要があります。そこで進んでいるのが、独立して動ける小規模な「細胞(セル)」への分権化です。意思決定や資金、ルートを分散させておけば、当局が頂点を捕らえても組織全体が一気に崩れにくくなります。

ただ、これは別の問題を生みます。トップが消えて権力の空白ができると、中堅幹部どうしの主導権争いや、新興勢力の台頭を招きやすいのです。メキシコでは、CJNG(ハリスコ新世代カルテル)の最高幹部が拘束された後にミチョアカン州で勢力再編が起きました。シナロア・カルテルが2024年に内部分裂した際の抗争激化も、同じ論理が働いた結果と言えます。叩いた数だけ、断面から新しい芽が出てくる構図です。

無人艇とドローンで海を渡る麻薬

技術面の変化も見過ごせません。海軍の監視が手薄な海上ルートでは、無人艇(USV)やドローンを使った麻薬輸送が広がっています。人を乗せないため拘束や人的損失のリスクを抑えられ、それでいて大量の貨物を運べるのが密輸側の狙いです。2025年にはコロンビア海軍が、衛星通信で遠隔操作する無人の「ナルコ潜水艇」を押収したと報じられました。

法執行機関がこうした無人システムにどこまで対応できるか。次の安全保障課題は、海の上の「無人化」への備えに移りつつあります。

エクアドルとホンジュラスで先鋭化

こうした傾向が特に顕著なのがエクアドルです。国内主要組織の分裂と小規模武装集団の増殖が同時に進み、活動するグループ数は2024年から倍増したと報じられています。暴力の発生地域も急速に広がっています。

ホンジュラスでは「カルテル・デル・ディアブロ(悪魔のカルテル)」と呼ばれる新興勢力が急成長しました。2026年に入って牧師殺害などの事件が相次ぎ、政府は組織の解体を狙う一連の掃討作戦を展開。5月にはコロン県トルヒージョで武装集団による襲撃事件が起き、同月のホンジュラスでは複数の集団殺害(マサクレ)が続きました。ACLEDの2026年5月概況は、中南米・カリブ域全体で武装集団と政府の衝突が上昇傾向にあると指摘しています。市民の体感治安は悪く、強権策への支持が高い一方で、その実効性を疑う声も広がっています。

筆者の視点

「組織のトップを狩る」戦略は、一見すると分かりやすく、世論にも受けがよいものです。劇的な逮捕劇は政権の実績として発信しやすく、治安改善を求める市民の支持も得やすい。けれども、ここで紹介した分析が示すのは、その分かりやすさの裏にある落とし穴です。頂点を叩くほど組織は小さく分散し、空いた席を奪い合う抗争が新たな暴力を生む。指標としての逮捕件数は上がっても、地域の安全は必ずしも改善しない——という逆説です。

僕の見立てでは、ここで問われているのは「強硬か、寛容か」という二択ではありません。トップを取り締まる司法・治安の取り組みと並行して、暴力の温床になっている経済機会の乏しさや、若者が組織に取り込まれる回路をどう断つか。その地道な部分にどれだけ投資できるかが、構造転換への本当の対抗策になるはずです。派手な掃討作戦の数字だけを追っていると、切り株から伸びる新芽を見落とすことになりかねません。

用語メモ

Mano Dura(マノ・ドゥーラ)は「鉄の拳」を意味し、大量拘束を含む強硬な治安政策を指します。FTO(Foreign Terrorist Organization)は米国による「外国テロ組織」指定で、資産凍結や支援の禁止を伴います。USV(Unmanned Surface Vessel)は無人の水上艇。masacre(マサクレ)はスペイン語で複数人が一度に殺される「集団殺害」を意味し、中南米の治安報道で頻出する語です。

「組織のトップを狩る」戦略は、犯罪の根を断つのではなく、切り株から無数の新芽を出させる結果になりかねません。

📚 もっと深く知る|関連書籍

このテーマをさらに掘り下げたい人へ。Amazonで関連書籍を探せます。

関連書籍を探す(Amazon)→

本記事はAmazonアソシエイトリンクを含みます。詳細はプライバシーポリシーをご覧ください。

参考リンク

※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。最新の数字・日程・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。