2026年7月20日、汎米保健機構(PAHO)は、国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)およびラテンアメリカ障害者とその家族の団体ネットワーク(RIADIS)との共同報告書「Disability Inclusion in Health Systems and Emergency Management in Latin America and the Caribbean(ラテンアメリカ・カリブにおける保健システムと緊急事態管理における障害インクルージョン)」の発表をニュースリリースで伝えました。報告書自体は同年4月30日、コロンビア・ボゴタで開かれたRIADISの大会でローンチされたものです。地域の10か国を対象とした調査に基づく結論は明快です——法律や政策の整備は進んだ一方で、障害のある人は医療サービスや緊急時の支援を、他の人と同じようには利用できていない。
4つの構造的課題
報告書が整理した課題は4点に集約されます。第一に、情報システムの断片化。障害に関するデータの収集・共有が機関をまたいで統合されておらず、政策立案に必要な実態把握そのものが難しい状態にあります。第二に、保健サービスが「人のニーズ」ではなく「サービス提供側の論理」で組織されていること。利用者の多様な状況に合わせるより、施設やプログラムの運営の都合が優先される構造です。
第三に、医療従事者に対する障害インクルージョンの研修が不足し、体系化されていないこと。そして第四に、緊急事態管理の計画が障害に「言及」はするものの、アクセシビリティの確保やケアの継続といった具体的な措置を欠いていることです。地震・洪水・ハリケーンのリスクが高いこの地域で、緊急時の計画に具体策がないという指摘は軽くありません。平時に医療へアクセスしにくい人ほど、災害時にはさらに取り残されやすいからです。
都市と農村の格差
報告書がもう一つ強調するのは地理的な不均等です。大都市では障害インクルージョンに関するサービスの一定の進展が確認される一方、農村部・遠隔地では利用できる支援が著しく少ない。法律の文面が保障する権利と、農村の保健センターが実際に提供できる支援との間には、大きな溝があります。医療に限らず、リハビリテーションや社会サービスでも繰り返し現れる、この地域の構造的なパターンです。
「法整備の次」が問われる段階
中南米の多くの国は障害者権利条約(CRPD)を批准し、国内法への反映を進めてきました。権利の明文化という点では、この20年の前進は確かなものです。しかし今回の報告書が突きつけるのは、法整備と現場でのアクセス実現との間にある距離です。研修を受けていない医療スタッフ、車いすで入れない施設、避難計画から抜け落ちた当事者の視点——細部の積み重ねが「制度はあるのに届かない」状況を生みます。障害のある人を支える制度が財政の圧力にさらされやすいことは、アルゼンチンの障害給付を巡る攻防(既報)でも見たとおりで、制度を「つくる」段階から「届け、守る」段階へと、地域全体の課題が移りつつあります。
筆者の視点
4つの課題の筆頭に「情報システムの断片化」が挙がったことに、僕は強くうなずきました。これは中南米だけの問題ではありません。日本でも、障害者手帳・補装具費支給・介護保険のデータはそれぞれの制度ごと、自治体ごとに管理されていて、「誰が、どこで、どんな支援を受けているか」を全国横断で掴むのは簡単ではありません。補装具費支給制度を研究していて、この壁には何度もぶつかってきました。データが繋がらなければ、政策は経験と勘で作るしかなくなる。報告書の指摘は、日本の制度にもそのまま跳ね返ってくる問いです。
「都市部集中」の指摘にも、具体的な光景が重なります。僕がコスタリカのリハビリテーション現場にいた頃も、専門職とサービスは首都圏に集中し、地方の患者さんは長い移動と待機の負担を強いられていました。コスタリカは社会保険公庫(CCSS)が医療を直接提供する、地域でも保健システムが整った国です。その国でさえそうだったのですから、報告書が描く農村部の状況は、数字以上に切実なものだと想像します。
そして、サービスが「提供側の論理」で組織されているという指摘は、理学療法士として働いた経験からも耳が痛いところです。訓練プログラムの時間割や施設の都合に利用者を合わせてもらう構造は、意識しなければどの国の現場にも忍び込みます。報告書はそれを個人の姿勢の問題ではなく、システムの設計の問題として名指ししました。ここが今回の報告書のいちばん誠実な部分だと思います。
続報としてウォッチしたい指標は二つです。一つは、10か国の調査結果を各国政府が具体的な行動計画にどう落とし込むか。もう一つは、CRPD採択20年の節目に重なる関連会合——報告書がローンチされた2026年4月のRIADISボゴタ大会はその一つでした——以降、この知見が地域の防災・保健政策にどう反映されていくかです。
用語メモ
inclusión de la discapacidad(障害インクルージョン)=障害のある人が他の人と同等に社会・サービスに参加できる状態を指す考え方。OPS/PAHO(汎米保健機構)=米州の各国が加盟する国際保健機関で、WHOの米州地域事務局を兼ねる。CEPAL/ECLAC(国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会)=国連の地域経済委員会の一つ。RIADIS=ラテンアメリカ障害者とその家族の団体ネットワーク。当事者と家族の組織が加盟する地域ネットワーク。CRPD(障害者権利条約)=2006年に国連で採択された条約。中南米の大半の国が批准している。
法律に書かれた権利が、現場に届く権利になるまでの距離——それを縮める作業が、いまも地域全体で続いている。
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参考リンク
- Disability inclusion in health systems and emergency management remains uneven across Latin America and the Caribbean, new report finds | PAHO — paho.org
- Launch event – Disability Inclusion in Health Systems and Emergency Management in Latin America and the Caribbean | PAHO — paho.org
- Disability Inclusion in Health Systems Remains Uneven Across Latin America and the Caribbean, Report Finds | fundsforNGOs — news.fundsforngos.org
- New report finds disability inclusion in health systems uneven across the region | Jamaica Observer — jamaicaobserver.com
※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。最新の数字・日程・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。