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汎米保健機構(PAHO)が2026年4月29日、南米9カ国の医療労働市場を初めて横断比較した報告書を公表しました。医師・看護師が首都圏や大都市に集中し、農村部・辺境地域では深刻な人材不足が続いていると警告する内容です。背景には頭脳流出や一次医療の脆弱さがあり、「医師が足りない」という単純な話ではなく、必要な場所に人がいないという分布の問題が数字で示されました。

9カ国を横断した「初の比較」

報告書「南米9カ国の医療労働市場概観(Overview of the health labor market in nine South American countries)」が対象としたのは、アルゼンチン・ボリビア・ブラジル・チリ・コロンビア・エクアドル・パラグアイ・ペルー・ウルグアイの9カ国です。これまでは各国個別のデータしかなく、同じ指標でサブ地域全体を比べたのは今回が初めてだといいます。

共通して浮かび上がったのは、医師・専門職・看護師のいずれも首都圏への集中度が著しく高いという点です。たとえばペルーでは医療人材の85%が都市部に偏り、それでもなお5万4千人を超える不足があると見積もられています。同じ国の中でも、都市と農村で受けられる医療の質に大きな落差が生じています。

移住と「頭脳流出」の連鎖

低・中所得の中南米諸国から、医師や看護師が欧州・北米へ移住する「頭脳流出」は以前から続いてきました。複数の仕事を掛け持ちする専門職が増えていることや、教育で養成される人材と医療現場が必要とする人材のミスマッチも、各国に共通する課題として挙げられています。

残った人材も都市部の大病院に集まりがちで、農村の一次医療機関は「施設はあっても十分に機能していない」状態に陥りやすくなります。人がいないために患者が来ず、患者が来ないために配置がさらに後回しになる——分布の偏りは、放っておくと自己強化されていきます。

一次医療の空白が招く悪循環

PAHOは2025年9月の別の報告で、一次医療の弱さは健康だけでなく経済にも打撃を与えると指摘しています。予防や早期介入が働かないまま病気が重症化すれば、家庭の医療費負担は重くなり、働き手の生産性も落ちます。

障害や慢性疾患を抱える人が、農村で適切なリハビリや補装具のサービスにアクセスできないという問題も、根っこには同じ人材不足の構造があります。装具を作れる職種、合わせて調整できる職種、その後を支える職種——必要な専門職がそろってはじめて、制度は「絵に描いた餅」でなく実際のケアになります。

PAHOが示す政策の方向

報告書はいくつかの政策の方向を示しています。第一に、教育・保健・財務の各省が連携し、一次医療と最も必要とされる地域を重視して人材の育成・定着を計画すること。第二に、農村への配置を後押しする財政的なインセンティブ(奨学金返済の免除、手当、キャリア形成の機会など)を制度として用意すること。第三に、移住に際して送り出し国と受け入れ国の双方を守る「倫理的な移住政策」を地域レベルで調整することです。

2026年5月にPAHOが公表した別の報告では、「保健人材政策2030」の達成状況の点検が進む一方で、多くの国が目標の達成から遅れていることも明記されました。医療人材の偏りは自然には解消しません。積極的な投資と地域間の協調がなければ、農村の空白は続きます。

筆者の視点

僕は補装具費の支給制度や社会保障の仕組みを研究してきて、コスタリカをはじめ中南米の現場に長く関わってきました。その立場から見ると、この報告がいちばん大事に伝えているのは「数」ではなく「分布」だと思います。首都の大病院には立派な設備と人がそろっていても、車で何時間も離れた町では、リハビリを担う人も装具を合わせられる人もいない。制度の条文上はサービスが「ある」のに、実際には届かない——この落差は、中南米の補装具・リハビリの現場で何度も見てきた光景です。

補装具や慢性期のケアは、一度きりの処置では終わりません。作って、合わせて、壊れたら直して、体の変化に合わせて調整し続ける——その全工程に人が必要です。だからこそ、人材を「首都にどれだけいるか」ではなく「必要な場所にいるか」で測るPAHOの視点は、障害福祉を見てきた僕の実感ともよく重なります。農村の一次医療の空白は、不運ではなく、配置や投資をどうするかという政策の選択の結果でもある。そこを直視するところから、議論を始めたいと思っています。

用語メモ

PAHO(パホ)は Pan American Health Organization(汎米保健機構)の略で、WHOの米州地域事務局を兼ねる国際機関です。スペイン語では OPS(Organizacion Panamericana de la Salud)と呼ばれます。「一次医療(atencion primaria de salud/primary health care)」は、住民が最初に接する身近な医療のこと。今回のキーワード「医療労働市場(mercado laboral de salud/health labor market)」は、医療人材の需要と供給・分布をまとめてとらえる見方です。

医師の数が少ないのではなく、必要な場所にいない——農村の一次医療の空白は、政策の選択の結果でもあります。

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参考リンク

※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。最新の数字・日程・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。