← 中南米ニュースに戻る

米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の初回共同再審査が、いよいよ7月に始まります。二国間の交渉はすでに動き出していて、米国とメキシコは5月に経済安全保障と原産地規則、6月に農業と「公平な競争条件」、そして7月に「米国の利益確保」をテーマとするラウンドを順に重ねてきました。自動車・農産物・エネルギーという北米製造業の根幹に関わる再交渉が、輸出に大きく依存するメキシコ経済を揺らし始めています。

「例行的な見直し」ではなくなった経緯

2020年に発効したUSMCAには、6年ごとに内容を確認する共同再審査の条項があります。当初は制度を点検するだけの作業になるとみられていましたが、トランプ政権の復帰でその見立ては崩れました。移民や麻薬密輸への対策、中国資本のメキシコ流入の阻止といった、本来は貿易の枠を超えた課題が交渉の卓上に持ち込まれています。合意に至らなければ2036年に協定が失効するという条件が、関係国に緊迫感を与えています。

6月2日には、米国通商代表部(USTR)が別ルートでも圧力をかけました。強制労働でつくられた製品の輸入管理が不十分だとして、通商法第301条にもとづき60カ国に10〜12.5%の追加関税を提案し、メキシコとカナダは10%の区分に含まれました。USMCAの再審査とこの追加関税は法律上は別物ですが、政治的には連動した動きと読めます(USTR)

6月の議題:農業と「公平な競争条件」

6月ラウンドの「農業」では、米国産トウモロコシのメキシコ市場へのアクセス制限が論点になりました。メキシコは遺伝子組換えトウモロコシの輸入を制限しようとしてきた経緯があります。あわせて、メキシコ産アボカドや砂糖の輸出条件、両国の農業補助金の水準差も俎上に乗りました。「公平な競争条件」とは、賃金や労働条件、環境基準、補助金など幅広い分野で、メキシコが対米でもつ競争優位を問い直そうとする概念です。

この枠組みで議論が進めば、メキシコが製造業の立地先として持つコスト面の強み、その根拠そのものが争点に据えられることになります。

自動車サプライチェーンの岐路

メキシコの対米輸出のおよそ3割を占める自動車・部品の分野では、北米コンテンツ75%以上という現行の原産地規則が問われます。背景には、中国系の部品メーカーがメキシコに工場を構え、北米製の認定品として米国へ輸出する動き、いわゆる「チャイナ・ショアリング」があります。これへの対応として、米国は中国製部品を排除する条件の強化を求めるとみられています。

報道によれば、原産地規則の厳格化や、中国製コンポーネントを算定から除外する案が議題の候補に挙がっています。仮に実現すれば、メキシコ国内で稼働する複数の組立工場が、調達先の見直しを迫られることになります(CSIS)

「条件が決まるまで投資は待つ」

再審査の行方を見定めてから判断しようとする企業の姿勢は、すでにメキシコへの外資の呼び込みにブレーキをかけています。USMCAの更新が確実になれば、製造業の投資が再びメキシコへ回帰する流れが加速するかもしれません。逆に交渉が難航すれば、カナダや他の候補地への移転が進む可能性もあります。7月に正式な審査が始まった後、年内には何らかの方向性が見えてくることを市場は期待しています(Baker Institute)

筆者の視点

貿易の話は遠い世界のことに見えて、僕にはそうとも思えません。補装具や福祉用具、医療機器の多くは、複数の国にまたがる部品と組み立ての連鎖の上に成り立っています。原産地規則が厳しくなり、ある部品の調達先を組み替えれば、最終的な価格や納期はじわりと動きます。装具を一つ手に入れるまでの待ち時間や費用は、それを必要とする人の生活の質に直結します。北米の通商交渉が、回り回って現場に届く道具の値段に触れてくる——その想像力は持っておきたいと思います。

もう一つ、僕がコスタリカや中南米で過ごして実感してきたのは、地域経済の浮き沈みが社会保障の体力をそのまま左右するということです。メキシコの輸出と投資が細れば、税収も雇用も影響を受け、結局はいちばん支援を必要とする層にしわ寄せが及びます。今回の再審査を「自動車関税の話」とだけ見ず、地域に暮らす人の暮らしの土台がどう変わるのか、という目線で追っていきたいと思っています。

用語メモ

USMCA:2020年発効の米国・メキシコ・カナダ協定。原産地規則:製品が協定の優遇対象になるために満たすべき域内生産割合などの条件。第301条:不公正な貿易慣行に対し米国が一方的に関税などの措置をとれる通商法上の根拠。チャイナ・ショアリング:中国企業がメキシコなどに生産拠点を移し、域内製として輸出する動きを指す通称です。

貿易協定の条文一つが、工場の立地から農家の品種選択、そして医療現場に届く道具の値段までを静かに左右していきます。

📚 もっと深く知る|関連書籍

このテーマをさらに掘り下げたい人へ。Amazonで関連書籍を探せます。

関連書籍を探す(Amazon)→

本記事はAmazonアソシエイトリンクを含みます。詳細はプライバシーポリシーをご覧ください。

参考リンク

※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。最新の数字・日程・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。