← 中南米ニュースに戻る

2026年1月3日に米軍がニコラス・マドゥロ氏を拘束してから半年。副大統領から職務代行に就いたデルシ・ロドリゲス氏の「暫定」は、7月3日で憲法上の上限とされる180日に達しました。それでも選挙の告示はなく、国民議会も動きません。条文が何を書いているのかを確認しながら整理します。

何が起きたか──期限は過ぎ、議会は動かなかった

1月3日、米軍の作戦でマドゥロ氏と妻のシリア・フローレス氏が拘束され、麻薬密輸の訴追のためニューヨークへ移送されました。2日後の1月5日、副大統領だったデルシ・ロドリゲス氏が国民議会の前で暫定大統領として宣誓します。根拠を与えた最高裁(TSJ)憲法法廷が使ったのは、「強制的不在(ausencia forzosa)」という、憲法の条文には存在しない言葉でした。

拘束から180日が経過する7月3日が、法律家の注目していた節目でした。ところが期限を過ぎても、ジョルジ・ロドリゲス議長(デルシ氏の兄)が率いる国民議会は何も採決していません。法の支配を監視するNGOアクセソ・ア・ラ・フスティシアは、この日を境にベネズエラが「前例のない、公然たる違憲状態」に入ったと指摘します。議長は優先すべきは経済の立て直しで、中期的に選挙を呼びかける考えはないと述べたと報じられています。

憲法は何を定めているか──233条と234条

混同されやすいのですが、「90日+90日」を定めているのは第234条です。大統領の一時的不在(falta temporal)は執行副大統領が最大90日まで代行し、国民議会の決定でさらに90日まで延長できる。そして同条は、一時的不在が連続90日を超えた場合、国民議会が過半数で「絶対的欠位にあたるか」を決定しなければならないと続けます。判断の起点は本来180日ではなく90日にありました。

一方の第233条は絶対的欠位(falta absoluta)を列挙します。死亡、辞任、最高裁判決による罷免、医師団が認定する恒久的な心身の不能、国民議会が宣言する職務放棄、リコール。そのいずれかが憲法上の任期の最初の4年に生じた場合、30日以内に新たな直接選挙を行うと定めています。マドゥロ氏の任期は2025年に始まったばかりで、この「最初の4年」に該当します。

問題は、外国軍による身柄拘束が233条の列挙のどれにも書かれていないことです。条文の穴を、最高裁が「強制的不在」という新語で埋めた。以後の運用はすべてこの一語の上に積み上がっています。

地震という変数

期限切れの直前、6月24日午後6時4分(現地時間)にベネズエラ北部で大地震が続けて起きました。ヤラクイ州サンフェリペ付近を震源とするマグニチュード7.2の39秒後に、ユマレ南東でマグニチュード7.5。政府は同日中に非常事態を宣言しています。犠牲者数は集計が続いており、報道により幅がありますが、スペイン語版ウィキペディアは7月18日時点で5,119人、負傷者1万6,000人超としています。

政権側は復興を最優先に置く姿勢です。震災対応が国家的な負荷であることは疑いようがありません。ただし批判する側は、選挙日程の告示と復興作業は本来両立しうると指摘します。地震が政治日程の遅れの説明に使われている状況は押さえておくべきでしょう。

8月1日に始まる対話は何を扱うか

7月中旬、国民議会は野党の一部と8月1日から対話を始めると発表しました。政権側はジョルジ・ロドリゲス議長、相手方は2015年選出の国民議会の議長を名乗るディノラ・フィゲラ氏。同氏は8年の亡命のあと米国務省の招きで6月に帰国したと報じられ、議題には大統領・知事・市長の選挙に向けた「ロードマップ」が含まれるとしています。

ただしこの枠組みに、近年の野党の中心にいたマリア・コリナ・マチャド氏は入っていません。マチャド氏とエドムンド・ゴンサレス氏は7月中旬に野党連合(PUD)を招集し、対話への立場を検討中と報じられています。「誰が野党を代表するのか」自体が決着していないわけです。米国の関与を指摘する分析は複数ありますが、確定した合意の形は確認できません。

筆者の視点

この件を測る物差しとして有効なのは、同じ地域の別の事例だと思います。ちょうど7月3日、ペルーでは選挙管理当局(JNE)が大統領選の決選結果を公示しました。ケイコ・フジモリ氏が50.14%、ロベルト・サンチェス氏が49.86%という僅差です。ペルーはこの1年足らずで大統領が二度交代した混乱のただ中にありました。それでも4月12日の第1回投票、6月7日の決選、7月28日の就任という日程は動いていません。制度の強さは政治の安定度ではなく、「選挙日程が政治的都合から独立しているか」に表れるのだと思います。

もう一つの対照はボリビアです。2019年に発足した暫定政権は選挙を何度も延期し、実施は約1年後の2020年10月でした。手際のよい移行ではありません。ただしあのときは「いつやるのか」が公然と争点になっていました。いまのベネズエラで際立つのは、遅延の是非以前に、告示日という論点そのものが議題に上っていないことです。

見るべき指標は三つです。①国民議会が「絶対的欠位」を正式に採決するか、②全国選挙評議会(CNE)と最高裁の人事刷新が動くか、③8月1日の対話から具体的な日付を伴うカレンダーが出るか。③で「年内」程度の幅のある表現しか出てこないなら、暫定の常態化が続くサインだと読むのが妥当でしょう。

用語メモ

falta absoluta(ファルタ・アブソルータ)=233条の「絶対的欠位」。列挙された事由に限られる。falta temporal(ファルタ・テンポラル)=234条の「一時的不在」。90日+90日の枠はこちら。ausencia forzosa(アウセンシア・フォルソサ)=「強制的不在」。最高裁が用いた、憲法にない概念。encargaduría(エンカルガドゥリア)=職務代行の状態。

期限が切れても何も起きなかった——その静けさこそが、条文と運用が離れたことの証拠だった。

参考リンク

※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。最新の数字・日程・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。