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2023年7月。群馬と長野を、まとめて走ることにした。目的地を欲張りに並べた1泊2日——毛無峠、ビーナスライン、上田城。走行距離も見どころも多い行程だ。XSR900で、まずは群馬を目指した。

毛無峠——「グンマー」の県境

ネット上で「グンマー」と呼ばれ、半ば伝説のように語られる場所。それが毛無峠だ。群馬県嬬恋村と長野県高山村の境にある、標高1,823メートルの峠。県境には「群馬県」「長野県」と書かれた標柱が立ち、その先の道は閉ざされている——「この先危険につき関係者以外立入禁止」。行き止まりというより、世界の終端のような雰囲気がある。

毛無峠の県境に立つ「群馬県」の標柱と立入禁止の看板
県境に立つ「群馬県」の標柱と、その先を閉ざす「この先危険」の看板。毛無峠の名物だ。

峠までアクセスする道には凸凹があり、一部は舗装されていない区間もある。XSR900でもじゅうぶん通れたが、車高やタイヤによっては気をつけたほうがいい。

毛無峠に停めたXSR900と背後の緑の山
毛無峠にて。風の通る、木の少ない峠にXSR900を停めた。

登りきると、視界がぱっと開ける。遮るもののない、ひたすら開けた稜線。風が強く、木がほとんど育たない。「毛無」という名は、たぶんそこから来ている。

毛無峠の緑の稜線と谷を縫う道
緑の稜線と、谷を縫う細い道。視界を遮るものが、ほとんどない。

そして、峠から見下ろす斜面に、奇妙なものが並んでいる。錆びた鉄塔だ。これは、かつてここにあった硫黄鉱山——小串鉱山こうざんの、索道さくどうの跡。鉱石や資材を運んだ、空中ケーブルの支柱である。

毛無峠の斜面に立ち並ぶ小串鉱山の索道跡の鉄塔
斜面に立ち並ぶ、小串鉱山の索道跡の鉄塔。硫黄を運んだ空中ケーブルの支柱だ。

小串鉱山は1929年に操業を始め、最盛期の昭和30年代には2,000人を超える人が暮らす鉱山街がここにあった。日本で二番目に大きな硫黄鉱山だったという。1937年には大規模な地すべりが起き、245名が亡くなっている。1971年、鉱山は閉じた。いまは索道の鉄塔と、荒れた斜面だけが残っている。誰もいない高所に、人の営みの輪郭だけが立っている——それが、毛無峠の独特の空気の正体なのだと思う。

毛無峠で撮った動画。荒涼とした峠と、そこへ至る道の様子が伝わると思う。

ビーナスライン

毛無峠を後にして長野側へ下り、ビーナスラインへ向かう。霧ヶ峰から美ヶ原にかけての高原を縦断する、標高1,400〜1,900メートルの道だ。夏のビーナスラインは定番ルートだが、定番には定番の理由がある。

信号がなく、見通しがよく、カーブはおおむね穏やかで、稜線が遠くまで続く。スピードを出す必要などないのに、走っているだけで楽しい。霧が出れば幻想的になり、晴れていれば南アルプスや富士山が見える。この日は、晴れていた。

ビーナスラインから上田城へ。この日の後半を動画で。

上田城

高原を下りて、上田城へ。真田氏の居城として知られる城だ。徳川の大軍を二度にわたって退けたことから、「難攻不落の城」と呼ばれる。いまは石垣と三つの櫓が残り、上田城跡公園として整備されている。

城址公園をひと回りした。石垣の上から城下を見渡すと、なぜこの地形に城が築かれたのか、なんとなく腑に落ちる気がした。観光地として気負いすぎず、地元の人が普通に散歩している——その肩の力の抜けた感じが、よかった。

群馬・長野の夏

毛無峠は、「いつか行ってみたい場所リスト」にずっと入っていた。実際に立ってみると、道の険しさも、荒れた鉄塔も含めて、たしかに一度は行く価値のある場所だった。そこにビーナスラインの高原と、上田城の静かな時間が加わる。群馬と長野をまたいだ1泊2日は、欲張りな行程だったけれど、欲張ったぶんだけ、よく走った夏になった。

訪問メモ

参考リソース

今回訪れた場所

1
毛無峠
群馬県嬬恋村・長野県高山村の境 / 標高1,823m。小串鉱山の索道跡が残る。アクセス路は凸凹・一部未舗装。例年5月末〜11月中旬ごろ通行可。
2
ビーナスライン
長野県茅野市〜上田市 / 霧ヶ峰〜美ヶ原を結ぶ高原ルート。標高1,400〜1,900m。信号のないワインディング。
3
上田城跡公園
長野県上田市二の丸 / 真田氏の居城跡。石垣と三つの櫓が現存。上田城跡公園として整備され、無料で入れる。