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2026年8月1日、チリの年金改革(法律第21,735号)が次の段階に入ります。障害・遺族保険(SIS)が新設の社会保障年金保険(SSP)の給付のひとつに位置づけられ、その財源となる事業主拠出は独立した基金へ流れ込むようになります。積立方式一辺倒だったチリの年金に「連帯」を足していく改革の、目に見える中間点です。ただし変わるのは主にお金の通り道で、窓口の景色はしばらく変わりません。

8月1日に何が変わるのか

変わるのは拠出金の行き先です。事業主が納める給与の2.5%(従来のSIS分1.5%に改革で新設された1%分が加わったもの)が、AFP(年金基金管理会社)経由ではなくFAPPに納付されます。新たな立法を待たず、法律第21,735号そのものの規定で自動的に発動する変更です。給与計算ソフトの項目とPrevired(社会保険料の申告システム)の様式も変わるため、事業主には実務を切り替える準備が要ります。

なお法律が置く1.5%は設計上の基準で、実際の保険料率は入札で決まります。チリ年金監督庁によれば2026年4月時点の率は1.62%です。

変わらないもの──運営はAFPに残る

誤解されやすい点ですが、8月1日にAFPが障害・遺族保険から手を引くわけではありません。給付の認定、追加拠出金の計算、暫定年金の支払いといった実務は当面AFPが担い、障害認定を行う医療委員会もAFPと社会保障庁(IPS)の共同運営のままです。FAPPが保険会社への入札を主宰するのは2027年8月に始まる契約期間から。現在有効な2026年8月〜2027年7月の契約は、AFPが実施した最後の入札によるものでした。8月1日は、財源の器が先に切り替わり、運営が1年遅れて追いつく二段構えの初日にあたります。

背景──なぜ「連帯」を足すのか

チリの年金は1980年代から個人積立口座を中核としてきました。受取額が積立残高でほぼ決まる設計は、低賃金・就業期間が短い・育児や介護でキャリアが中断した人の年金を構造的に押し下げます。2025年1月に議会を通過し3月26日に官報掲載された改革は、事業主拠出を2025年8月の1%から2033年に7%へ段階的に引き上げ(SIS分と合わせて最終的に8.5%)、その一部を共同の基金に回します。SISの社会保険化もその一部。積立残高が薄い人でも同じ料率で保障を維持する——リスクを個人口座から切り離す発想です。

論点──拠出型の外にいる人たち

ただしSISは拠出型の保険です。対象はAFPに拠出中の被用者、離職後12か月以内で直前1年に6か月以上の拠出がある人、確定申告で拠出する自営業者などに限られ、就労経験がない人や若くして重い障害を負い拠出履歴を積めなかった人は外側にいます。受け皿は65歳未満向けの非拠出型給付である連帯基礎障害年金(PBSI)で、2026年の支給額は月25万275ペソ。ただし医療委員会の認定に加え、社会家庭登録で下位80%に入っていること、他制度の年金を受けていないことが条件です。

対象規模は小さくありません。SENADISの第3回全国障害調査では18歳以上人口の17.6%にあたる約270万人が障害のある状態にあり、女性(21.9%)が男性(13.1%)を大きく上回ります。同じ障害給付でも、受給資格の絞り込みが争点になったアルゼンチンの攻防と、保険の設計そのものを組み替えるチリとでは議論の位相がかなり違います。地域全体の見取り図はこちらの記事で整理しました。

政権交代と、準備の遅れ

この改革は前政権下で成立し、2026年3月に発足したカスト政権が実施段階を引き継いでいます。SISの運営をFAPPへ移す関連法案は2025年6月に議会へ送られたあと現在も上院財政委員会で審議中で、7月7日にはカベソン年金担当次官が実施を補強する3項目の修正案を提示しました。2027年8月の初回入札に間に合わせるには年内の成立が必要とされています。

準備の遅れを指摘する声もあります。IPSは5月25日の同委員会で、担う役割の範囲によっては移管完了が2027年にずれ込みうると証言しました。給付計算や支払い、異議申立ての処理まで引き受けるシナリオでは、人材と情報基盤の増強に15か月程度を要するという見立てです。3月にはIPSとAFPの間の事務委託料を定める政令が会計検査院から取り下げられており、日程の細部はなお流動的です。

筆者の視点

僕が今回いちばん興味を持ったのは、「障害保険を個人口座から切り離す」という一点です。日本の障害年金も拠出型で、初診日にどの制度に加入していたかで受給の可否が決まる構造は、SISが「発病や事故の時点で拠出中だったか」を問うのとよく似ています。違いは無拠出の入口の作り方です。日本には20歳前傷病による障害基礎年金という、拠出履歴を問わない入口が年金制度の内側にあります。PBSIに近い役割ですが、日本のそれは所得制限であって資産調査ではない。同じ「拠出型の外側の受け皿」でも、選別の思想が違います。

労災との関係も効いてきます。日本では業務上の障害は労災保険の障害補償給付が担い、障害年金とは別の等級表・別の財源で動きます。チリも労働災害・職業病は別法(法律第16,744号)が扱い、SISは業務外のリスクを引き受ける建て付けです。業務外リスクの側が社会保険化されれば、二つの制度の給付水準の差はこれまでより見えやすくなるはずです。

コスタリカとの対照も示唆的です。CCSS(社会保障基金)は老齢・障害・遺族をIVMという一本の社会保険に束ねており、チリが向かっているのは構造としてはCCSS型に近い。ただ、僕がコスタリカで見ていた範囲で印象に残っているのは、リハビリテーションや装具・車いすへのアクセスが「CCSSの被保険者かどうか」で明確に分かれる場面でした。年金を社会保険化しても、その保険に入れていない人が外に残る問題は自動的には解けません。PBSIに資産調査が残るかぎり、同じ線引きはそこへ移動するだけです。

理学療法士としての実感で言えば、障害給付の認定基準は所得保障の話にとどまらず、その人がどこまで機能回復を目指しリハビリを続けるかという判断にも影響します。医療委員会が共同運営のまま残る中途半端さは、その意味で小さな話ではありません。続報を追うなら見るべきは3つ。①SIS移管法案が2026年内に成立するか、②8月分の給与からのFAPP納付が実務上どこまで混乱なく回るか、③2027年8月の初回入札で保険料率が現行の1.62%からどう動くか。とくに③は、リスクを共同で引き受ける設計が保険市場にどう評価されるかを示す最初の数字になります。

用語メモ

Seguro de Invalidez y Sobrevivencia(SIS)=障害・遺族保険。Seguro Social Previsional(SSP)=改革で新設された社会保障年金保険。Fondo Autónomo de Protección Previsional(FAPP)=年金保護自律基金、拠出金を受け入れ入札を主宰する新機関。Pensión Básica Solidaria de Invalidez(PBSI)=連帯基礎障害年金、65歳未満向けの非拠出型給付。Previred(プレビレッド)=社会保険料の電子申告システム。

リスクを個人口座から切り離す——けれど、その保険に入れていない人をどうするかは、自動的には解けない。

参考リンク

※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。最新の数字・日程・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。