コロンビアの医療制度が、いま大きく揺れている。「EPS危機」と呼ばれる問題だ。医療保険を担うEPSという組織のうち、28社中15社が実質的に破綻しかけ、その加入者は3,000万人を超えるという。4年がかりの医療改革法案は6月20日に会期切れを迎える。ただ、この話のいちばんのポイントは、しわ寄せがどこへ行くか、だ。リハビリや装具を継続的に必要とする障害のある人たち——制度の「入口」が詰まると、最初に困るのはそういう人たちではないかと思う。
そもそもEPSとは何か
EPSは Entidad Promotora de Salud の略で、コロンビアの公的医療保険のなかで、国民が医療にたどり着くための窓口になる組織だ。ややこしいのは、EPSは病院そのものではない、という点だ。医師が診たり手術をしたりする場所(コロンビアではIPSと呼ぶ)とは別に、EPSは加入者を登録し、病院や薬局、リハビリ施設と契約し、患者が必要な医療にたどり着けるように調整する。
日本だと、具合が悪ければ保険証を持って病院へ行く、という感覚がふつうだ。コロンビアでは、その患者と医療機関のあいだにEPSが大きく挟まる。どの病院にかかれるか、どの薬局で薬を受け取れるか、どの専門医に紹介されるか、リハビリをどこで受けるか——その多くをEPSが差配する。だからEPSがうまく回っていれば、患者は制度を通じて医療にアクセスできる。患者から見れば、EPSは「医療への入口」だ。
その入口が、いま詰まりかけている。
国費が出ているのに、なぜ詰まるのか
EPSは公的な制度の一部だ。国が枠組みと財源をつくり、加入者一人あたりの定額(UPCと呼ぶ)をEPSに配り、複数のEPSに競わせ、国民はそのなかから選ぶ。1993年のこの仕組みで、コロンビアは医療保険の加入率を大きく伸ばし、いまや97%前後まで来た。EPS方式は、全国民を制度に入れるという点では成果を上げた。最初から失敗だったわけではない。
問題は、EPSの役割が大きくなりすぎたことだ。病院との契約も、薬の供給も、専門医への紹介も、支払いの管理も、EPSが握る。そのEPSが財政難や管理不全に陥ると、薬が届かない、専門医の予約が取れない、検査が遅れる、手術が先送りになる、リハビリが続かない、という事態が一気に起きる。実際、28社のうち15社が債務超過とされ、薬や受診の遅れをめぐる苦情は記録的に増えている。医療監督機関スーペルサルーは、こうした障壁を直ちに取り除くよう全EPSに命じたと報じられている。もともと医療アクセスを広げるための仕組みだったEPSが、いまはアクセスを止めるボトルネックにもなっている。
つまりEPS危機は、「保険会社の経営が悪い」という話ではない。医療を受けるための制度の入口が詰まり、権利はあるのに実際にはたどり着けない、という問題だ。
政府は何を変えようとしているか
ペトロ政権は、EPS中心の制度そのものに問題があるとして、EPSの役割を縮め、公的な管理を強めようとしている。資金管理をEPSに任せすぎた結果、患者の権利が十分に守られていない、という見立てだ。
反対側は、EPSを急に弱めたり、加入者を別のEPSへ大量に移したりすれば、現場が混乱すると懸念する。実際、660万人をまとめて最大手へ移そうとした大統領令を、5月に最高行政裁判所が差し止めたとInfobaeは伝えている。保険者を選ぶ権利を侵しかねないこと、経営の苦しい一社に大量移送すれば医療の継続が断たれること、が理由だった。
ここがこの問題の難しさだ。いまの制度には問題がある。でも、急に壊せば、患者の治療が止まりかねない。その綱引きのなかで、4年がかりの改革法案は6月20日の会期末を迎える。通らなければ自動的に廃案になり、また一からだ。
障害のある人にいちばん効く
このEPS危機で特に気をつけたいのが、障害のある人への影響だ。障害のある人にとって、医療や福祉は一度受けて終わり、ではない。リハビリ、薬、専門医の診察、装具や福祉用具、定期的な評価——続けて受けることが多い。
たとえば装具ひとつでも、医師の判断、専門職の評価、保険上の承認、業者との調整、適合の確認、修理、再評価、という長い連鎖がいる。その途中にEPSがいる。だからEPSの機能が止まれば、申請が進まない、修理ができない、リハビリが途切れる、専門医にかかれない、ということが起こり得る。怖いのは、制度の「一時的な混乱」だ。数週間や数か月の遅れでも、生活の質や身体機能に大きく響くことがある。
この危機が問うていること
コロンビアのEPS危機は、一見ややこしい。でも本質はそう難しくない。医療にたどり着くためにEPSという窓口が大きな役割を持っていて、それが傾くと、権利はあっても実際の医療が遠のく。政府はそれを改革しようとしているが、改革の途中で治療が止まる危険もある。
問われているのは、医療を受ける権利を制度のなかでどう守るか、公的責任と民間運営をどう分けるか、効率と公平をどう両立させるか、そして改革の過程で患者を置き去りにしないために何をするか——だ。
日本の補装具費支給制度も、都道府県が審査機関として間に入る。間に立つ組織がつまずけば、支給がそのまま止まりうる。そのもろさは、コロンビアだけの話ではない。だから6月20日を、遠くから気にして見ている。
間に立つ組織が傾くとき、最初に途切れるのは、いちばん続きが要る人のケアだ。
参考リンク
- Infobae「コンセホ・デ・エスタードがデクレト182を停止:660万人の強制移行に待った」(2026-05-06) — infobae.com
- Infobae「ペトロ政権、最後の改革を議会で賭ける」(2026-05-19) — infobae.com
- Infobae「破綻EPSを清算、50兆ペソの債務は引き受けず」(2026-03-17) — infobae.com
- La Silla Vacía「EPS清算というペトロの実現困難な最後の一手」 — lasillavacia.com
- Radio Santa Fe「スーペルサルー、医療アクセスの障壁の即時除去を命令」(2026-02-21) — radiosantafe.com
- PAHO「コロンビアの医療改革への技術協力ミッション」(2023) — paho.org
※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。制度の最新の内容・数字・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。