【追記・2026年7月20日】 本文で気にしていた6月20日は過ぎました。医療改革法案は2025年12月に上院第7委員会が賛成8・反対5で廃案を議決しており、その後に残っていた不服申立て(apelación)も上院本会議で表決されないまま会期が終了。4年がかりの法案は確定的に廃案となりました。制度の「入口」が詰まったまま、法改正という出口だけが閉じたことになります。なお6月21日の大統領選決選ではデ・ラ・エスプリエリャが勝利し、8月7日に就任します。医療制度の立て直しは新政権に持ち越されました。
コロンビアの医療制度が、いま大きく揺れている。「EPS危機」と呼ばれる問題だ。医療保険を担うEPSという組織のうち、28社中15社が実質的に破綻しかけ、その加入者は3,000万人を超えるという。4年がかりの医療改革法案は、2025年12月に上院第7委員会が廃案を議決し、6月20日の会期末をもって確定的に潰えた。ただ、この話のいちばんのポイントは、しわ寄せがどこへ行くか、だ。リハビリや装具を継続的に必要とする障害のある人たち——制度の「入口」が詰まると、最初に困るのはそういう人たちではないかと思う。
そもそもEPSとは何か
EPSは Entidad Promotora de Salud の略で、コロンビアの公的医療保険のなかで、国民が医療にたどり着くための窓口になる組織だ。ややこしいのは、EPSは病院そのものではない、という点だ。医師が診たり手術をしたりする場所(コロンビアではIPSと呼ぶ)とは別に、EPSは加入者を登録し、病院や薬局、リハビリ施設と契約し、患者が必要な医療にたどり着けるように調整する。
日本だと、具合が悪ければ保険証を持って病院へ行く、という感覚がふつうだ。コロンビアでは、その患者と医療機関のあいだにEPSが大きく挟まる。どの病院にかかれるか、どの薬局で薬を受け取れるか、どの専門医に紹介されるか、リハビリをどこで受けるか——その多くをEPSが差配する。だからEPSがうまく回っていれば、患者は制度を通じて医療にアクセスできる。患者から見れば、EPSは「医療への入口」だ。
その入口が、いま詰まりかけている。
国費が出ているのに、なぜ詰まるのか
EPSは公的な制度の一部だ。国が枠組みと財源をつくり、加入者一人あたりの定額(UPCと呼ぶ)をEPSに配り、複数のEPSに競わせ、国民はそのなかから選ぶ。1993年のこの仕組みで、コロンビアは医療保険の加入率を大きく伸ばし、いまや97%前後まで来た。EPS方式は、全国民を制度に入れるという点では成果を上げた。最初から失敗だったわけではない。
問題は、EPSの役割が大きくなりすぎたことだ。病院との契約も、薬の供給も、専門医への紹介も、支払いの管理も、EPSが握る。そのEPSが財政難や管理不全に陥ると、薬が届かない、専門医の予約が取れない、検査が遅れる、手術が先送りになる、リハビリが続かない、という事態が一気に起きる。実際、28社のうち15社が債務超過とされ、薬や受診の遅れをめぐる苦情は記録的に増えている。医療監督機関スーペルサルーは、こうした障壁を直ちに取り除くよう全EPSに命じたと報じられている。もともと医療アクセスを広げるための仕組みだったEPSが、いまはアクセスを止めるボトルネックにもなっている。
つまりEPS危機は、「保険会社の経営が悪い」という話ではない。医療を受けるための制度の入口が詰まり、権利はあるのに実際にはたどり着けない、という問題だ。
政府は何を変えようとしているか
ペトロ政権は、EPS中心の制度そのものに問題があるとして、EPSの役割を縮め、公的な管理を強めようとしている。資金管理をEPSに任せすぎた結果、患者の権利が十分に守られていない、という見立てだ。
反対側は、EPSを急に弱めたり、加入者を別のEPSへ大量に移したりすれば、現場が混乱すると懸念する。実際、約660万人の加入者を市町村の人口規模に応じて別のEPSへ機械的に割り当てる大統領令(Decreto 0182 de 2026)を、5月4日に最高行政裁判所(コンセホ・デ・エスタード)が暫定的に差し止めたとInfobaeは伝えている。660万人がまとめて一社に移るわけではなく、うち約260万人が、2024年4月から監督機関の介入下にある最大手ヌエバEPSへ移る想定だった。残りは他の大手数社に振り分けられる。差し止めの理由は、保険者を選ぶ権利(libre escogencia)を侵しかねないこと、そして経営の苦しい保険者に大量移送すれば医療の継続が断たれること、だった。
ここがこの問題の難しさだ。いまの制度には問題がある。でも、急に壊せば、患者の治療が止まりかねない。その綱引きのなかで、4年がかりの改革法案はすでに一度沈んでいる。2025年12月、上院第7委員会が賛成8・反対5で廃案を議決したからだ。いま残っているのは、その決定に対する不服申立て(apelación)を上院本会議が認めるかどうかだけで、6月20日の会期末までに動かなければ、法案は確定的に廃案となる。そうなれば、また一からだ。
障害のある人にいちばん効く
このEPS危機で特に気をつけたいのが、障害のある人への影響だ。障害のある人にとって、医療や福祉は一度受けて終わり、ではない。リハビリ、薬、専門医の診察、装具や福祉用具、定期的な評価——続けて受けることが多い。
たとえば装具ひとつでも、医師の判断、専門職の評価、保険上の承認、業者との調整、適合の確認、修理、再評価、という長い連鎖がいる。その途中にEPSがいる。だからEPSの機能が止まれば、申請が進まない、修理ができない、リハビリが途切れる、専門医にかかれない、ということが起こり得る。怖いのは、制度の「一時的な混乱」だ。数週間や数か月の遅れでも、生活の質や身体機能に大きく響くことがある。
この危機が問うていること
コロンビアのEPS危機は、一見ややこしい。でも本質はそう難しくない。医療にたどり着くためにEPSという窓口が大きな役割を持っていて、それが傾くと、権利はあっても実際の医療が遠のく。政府はそれを改革しようとしているが、改革の途中で治療が止まる危険もある。
問われているのは、医療を受ける権利を制度のなかでどう守るか、公的責任と民間運営をどう分けるか、効率と公平をどう両立させるか、そして改革の過程で患者を置き去りにしないために何をするか——だ。
日本の補装具費支給制度も、都道府県が審査機関として間に入る。間に立つ組織がつまずけば、支給がそのまま止まりうる。そのもろさは、コロンビアだけの話ではない。だから6月20日を、遠くから気にして見ていた。その6月20日は過ぎ、不服申立ては本会議で表決されないまま会期が終わり、法案は確定的に廃案となった。制度の入口が詰まったままで、法改正という出口だけが閉じたことになる。誰が制度を作り替えるにせよ、リハビリや装具を待っている人の時間は止まってくれない——そこを引き続き見ていきたい。
間に立つ組織が傾くとき、最初に途切れるのは、いちばん続きが要る人のケアだ。
参考リンク
- Infobae「コンセホ・デ・エスタードがデクレト182を停止:660万人の強制移行に待った」(2026-05-06) — infobae.com
- Infobae「ペトロ政権、最後の改革を議会で賭ける」(2026-05-19) — infobae.com
- Infobae「破綻EPSを清算、50兆ペソの債務は引き受けず」(2026-03-17) — infobae.com
- La Silla Vacía「EPS清算というペトロの実現困難な最後の一手」 — lasillavacia.com
- Radio Santa Fe「スーペルサルー、医療アクセスの障壁の即時除去を命令」(2026-02-21) — radiosantafe.com
- PAHO「コロンビアの医療改革への技術協力ミッション」(2023) — paho.org
※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。制度の最新の内容・数字・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。