6月27日から29日の3日間、ペルー南部の高地都市アヤクーチョで「ペルー、ムチョ・グスト」2026年版の第1回目となる国内巡回フェアが開幕しています。プロンペルー(ペルー輸出観光振興委員会)とアヤクーチョ州観光局が主催するこのイベントには、料理人・生産者・職人・アグロインダストリー関係者など50社を超える出展者が集まり、国内最大級の食の祭典となっています。
なぜアヤクーチョなのか。その問いこそが、このフェアの本質に触れています。
リマとクスコの外側にある食文化
ペルーの食文化といえば、日本でも「セビーチェ」「ロモ・サルタード」、あるいはリマの名店「マイド」など、首都発のものが先行して知られています。観光客が集まるクスコには「インカ料理」の文脈があります。ところが、アンデス高地の各地域が持つ固有の料理体系は、その豊かさの割に国内外から注目されることが多くありません。
アヤクーチョはアンデス中南部、標高約2,760メートルに位置します。ペルー独立の最終決戦「アヤクーチョの戦い(1824年)」が行われた歴史的な地で、ワリ文明の遺跡やピキマチャイ洞窟(旧石器時代の遺跡)など考古学的にも重要な場所です。しかし観光資源の知名度ではリマやマチュ・ピチュに遠く及ばず、経済的な恩恵が届きにくい地域でもあります。
「ムチョ・グスト」をアヤクーチョで開くことは、食文化を通じて「周縁」に経済活動を生み出すという戦略の実践だと言えます。
数字が示す経済効果
プロンペルーの試算によれば、2026年の国内外4都市を巡るフェア(アヤクーチョ、リマ、タクナ、そして海外初開催のマドリード)の合計来場者数は56万人超を見込み、経済波及効果は3,700万ソル(約15億円相当)に上ると見られています。
この数字が意味するのは、単なる「食の催事」ではありません。地場の農産品が売れ、地元のシェフが認知され、観光客の流入が宿泊・交通・土産品購入を生みます。食フェアは、「観光が届きにくい地域」への経済的な回路を開く手段として機能しているのです。
料理が持つ記憶の力
もう一つの文脈として、アヤクーチョが背負う歴史の重さがあります。1980年代から90年代にかけて、この地域はセンデロ・ルミノソ(輝く道)の武装闘争の発生地となり、深刻な暴力と人権侵害の被害を受けました。数万人が命を落とし、多くの家族が故郷を離れました。
その地で「食」を前面に出した祭典を開くことは、地域のアイデンティティを再建するという文化的な含意を持っています。料理は記憶を運びます。どの家庭でも作られてきた汁物や穀物料理が、観光フェアの場で改めて評価されることは、住民にとって「自分たちの暮らしが価値を持つ」という経験になります。
地方を繋ぐプラットフォーム
ペルーの「ガストロノミア外交」は2000年代のガストン・アクリオらの活動から始まり、いまや国家戦略の一部になっています。世界的に評価されるその象徴が、近年世界一に輝いたこともある世界一になったリマの「マイド」のような首都の名店でした。中央だけで閉じていたその成果を地方に届けようというのが「ムチョ・グスト」の巡回モデルです。アヤクーチョの2026年版は、そのモデルが根付くかどうかを試す実験でもあります。
筆者の視点
食フェアを地方で開くことには、催事そのものを超えた意味があると僕は考えています。フェアの3日間で動くお金は一過性のものですが、本当の価値は「ここの食材や料理には市場価値がある」と地元の生産者やシェフが実感する、その認識の変化のほうにあります。一度でも外から評価された経験は、地場の食材を磨き続ける動機になり、催事が終わったあとも残ります。地方で開くからこそ、その恩恵は首都を経由せずに地域に直接落ちる。これは観光が届きにくい高地の町にとって、無視できない経済再活性化の回路だと思います。
一方で、ガストロノミア外交の「中央偏重を地方に開く」モデルには課題もあると感じます。巡回フェアが一度きりの打ち上げ花火で終われば、地元には記念写真と一時的な売上しか残りません。鍵になるのは、フェアで生まれた生産者と買い手のつながりを、その後の物流・販路・観光導線にどう接続し続けられるかでしょう。中央の主導でお膳立てされた「地方の出番」が、地方が自分たちで回せる仕組みへと引き継がれるか。アヤクーチョの試みが本当に成功したかどうかは、来年このフェアが去ったあとの町を見て初めて分かるのだと思います。
用語メモ
gastronomía(ガストロノミア)=食文化・美食。料理を単なる食事ではなく文化や産業として捉える言葉です。reactivación económica(レアクティバシオン・エコノミカ)=経済再活性化。落ち込んだ地域経済を立て直す政策的なキーワード。feria(フェリア)=見本市・物産展で、ここでは食の祭典を指します。
料理は記憶であり、地方の市場は文化の名刺だ。アヤクーチョがその3日間で証明する。
参考リンク
- Ayacucho será sede de Perú, Mucho Gusto 2026 y esto debes saber | Peru21 — peru21.pe
- Ferias "Perú, Mucho Gusto" 2026 a nivel nacional proyecta un movimiento económico de S/ 37 millones | Mincetur — gob.pe
- PROMPERÚ anuncia las sedes de la Feria Gastronómica "Perú, Mucho Gusto" 2026 | PromPerú — gob.pe
- Perú Mucho Gusto regresa a Lima, Ayacucho, Tacna y hasta Madrid | Infobae — infobae.com
※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。最新の数字・日程・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。