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2026年3月13日、汎米保健機関(PAHO)は南米での黄熱の持続的な伝播を警告する疫学アラートを出しました。注目されたのは感染者数より場所です。アマゾン盆地が伝統的な流行地とされてきたなかで、ブラジルのサンパウロ州とコロンビアのトリマ県という伝播の記録がなかった地域で、人の感染が確認されたからです。あれから4か月、南半球は乾季に入りました。この間に分かったことを整理します。

3月のアラートから、6月のWHO報告まで

PAHOによれば、2025年の1年間に米州7か国が確定例346件・死亡143件を報告し、致死率は41%でした。ブラジルが120件・48人死亡、コロンビアが125件・46人死亡で、2か国だけで約7割を占めます。2026年も第1〜7疫学週だけで4か国から34件・15人死亡が報告されました。その後、WHOが6月24日に公表したアウトブレイク情報では、1月から5月までに確定例を報告したのはボリビア・ブラジル・コロンビア・エクアドル・ペルー・ベネズエラの6か国、合計79件。国も件数も増えましたが、増え方は2025年の急な立ち上がりより緩やかで、WHOは歴史的な伝播地域のリスクを「中程度」としています。

コロンビア──トリマ県への極端な集中

最も重い負担を負うのはコロンビアです。保健省の集計では、2024年9月に始まった流行の累計は201件・89人死亡。うち2026年分は53件・26人死亡で、その52件がトリマ県に集中しています(残る1件はメタ県ビジャビセンシオ)。累計でもトリマ県だけで180件・74人死亡です。

保健省は6月末、年央の休暇シーズンを前に「非常に高リスク」の162自治体を示し、チャパラルなど特定の自治体へ行く人には10年以上前に接種した人にも追加接種を勧めました。ワクチンは全国3,000か所超で無料です。首都ボゴタは上半期に162,885回分を接種しましたが、6月30日時点でトリマ県での曝露に関連する感染が同市で16件確認され、6人が亡くなりました。感染したのは「住んでいる人」ではなく「行った人」でした。

ブラジル──数字は下がったが、消えてはいない

ブラジル側は様相が違います。サンパウロ州は2025年に57件・35人死亡でしたが、2026年は6月時点で11件・6人死亡。大きく下がりました。ただし9件がバレ・ド・パライバ地域に集まり、ラゴイニャという小さな自治体だけで州の年内症例の約8割を占めます。そして州保健局によれば、確認された感染者は全員がワクチン未接種でした。流行は縮んだというより、免疫の穴が残った場所に凝縮していると読むほうが実態に近いはずです。

なぜ「流行地ではない場所」で起きるのか

南米の黄熱は都市で人から人へ広がる病気ではありません。森でサルと蚊のあいだを循環し、そこに入った人が刺される「森林型」が主体です。媒介するのはネッタイシマカではなく、樹上性のハエマゴグス属やサベテス属の蚊。だから流行地図は人口ではなく、森とサルの分布に沿って動きます。

伐採や農牧地への転換で森の縁が動けば、ウイルスを運ぶサルの群れも、人が森に入る場所も変わります。気候の変化は蚊の分布を標高の高い方へ押し上げる。トリマ県のガリレア森林は、まさに「高地だから安全」とされてきた場所でした。そこに免疫のギャップが重なります。流行地とされてこなかった地域では、黄熱ワクチンがそもそも日常の接種対象に入っていない。地図の線の外にいたから勧められず、線が動いたときに無防備だった人たちが、いま亡くなっています。伝播の仕組みは違いますが、米州のデング熱と「地図が古びる」構図は共通しています。

論点──手順そのものを書き換える動き

黄熱ワクチンは単回接種で長期の免疫が得られ、有効性はきわめて高い。にもかかわらず死者が出続けるのは、医学ではなく届け方の問題です。PAHOは95%以上の接種率維持を求めていますが、報道によればトリマ県はまだ届いていません。コロンビアではEPS危機が現場の実務を圧迫しており、キャンペーンの実施体制にも影響しかねません。

動きもありました。PAHOは5月25日、ボゴタに10か国以上の疫学・昆虫学・臨床・予防接種の専門家を集め、地域サーベイランス指針の改訂を議論しています。疑い例やアウトブレイクの運用定義をデルファイ法で見直し、監視・媒介動物対策・臨床管理・予防接種・リスクコミュニケーションといった柱ごとに、森林型か都市型か、平時か対応期かで打つべき手を整理する枠組みを検証しました。接種キャンペーンを一つ足すのではなく、判断の手順を書き換えにいく作業です。

筆者の視点

この話には、日本に住んでいると意識しない接点があります。黄熱は、国際保健規則のもとで各国が入国者に予防接種証明を要求できる、現在ほぼ唯一の感染症です。そしてコスタリカは、その証明を求める国のひとつ。ボリビア・ブラジル・コロンビア・エクアドル・ガイアナ・ペルー・ベネズエラなどから入る人には、いわゆるイエローカードの提示が求められます。

僕も中南米に渡る前、日本の検疫所で黄熱の予防接種を受けてイエローカードを受け取りました。日本で黄熱ワクチンを打てる場所は検疫所などごく限られ、事前予約が前提です。一方、日本から直接コスタリカに入る限り、その紙を出す場面はまずありません。要るのは南米を経由したときです。同じ人・同じ体でも、経由地によって制度上の扱いが変わる。国境で個人に証明を求める仕組みと、国内でリスク地域の住民に接種を勧める仕組みは、同じワクチンを使いながら別の論理で動いています。

補装具費支給制度を研究していると、これに似た構図に何度も出会います。給付の対象は必ずどこかで線を引かれ、内側の人には手厚く、外側の人には情報すら届かない。線を引かなければ運用できない事情もある。問題は、現実のほうが線より速く動いたときです。今回の黄熱はまさにそれで、ウイルスの分布が「接種対象地域」の定義を追い越しました。トリマ県で亡くなった人の多くは、制度が想定しない場所にいたのではなく、地図が更新される前にそこにいただけです。

続報を追うなら指標は3つ。PAHOの改訂サーベイランス指針がいつ正式公表されるか、トリマ県の接種率が95%にどこまで近づくか、そして次の流行期です。南米の黄熱は南半球の雨季にあたる12月から5月に立ち上がるため、本当の答え合わせは2026年末から2027年前半の数字で出ます。乾季にどれだけ接種を積めたかが、そのまま次の山の死者数になります。

用語メモ

fiebre amarilla(フィエブレ・アマリージャ)/febre amarela(フェブレ・アマレラ)=黄熱。西語・ポルトガル語。ciclo selvático(シクロ・セルバティコ)=森林型、サルと樹上性の蚊のあいだを循環する伝播様式。epizootia(エピソオティア)=動物の集団発生。サルの死は人の流行の先行指標になる。certificado internacional de vacunación=国際予防接種証明書、いわゆるイエローカード。

ワクチンで防げる病気で人が死ぬとき、問われているのは医学ではなく、届け方の設計です。

参考リンク

※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。最新の数字・日程・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。