チアパス州のパレンケ遺跡を歩いたあと、ユカタン半島入口の街カンペチェ(Campeche)に立ち寄った。1999年にUNESCO世界遺産に登録された、城壁に囲まれた植民地時代の要塞都市だ。ADO長距離バスでこの街に到着し、城壁・博物館・コロニアル街路を巡ったあと、次の目的地ウシュマル遺跡へ向かった。
メキシコ湾に面した港町だが、街そのものは内陸を背に城壁で囲まれた小さな要塞としての作りを今も残している。
海賊と戦った要塞都市
カンペチェが現在のような城壁都市になった理由はシンプルで、16〜17世紀にかけてカリブ海から来る海賊に何度も襲撃されたからだ。フランシスコ・ドレイクの跡を継ぐ英仏の海賊たちは、メキシコの銀やマヤ産物を本国に運ぶスペイン船をカンペチェ沖で襲い、ときに街そのものに上陸して略奪した。
スペイン王室は17世紀後半、街を完全に取り囲む8基のバルアルテ(角堡)と城壁を建設した。総延長約2.5kmの城壁の外側は海と森、内側に教会・市場・住居をすべて収める閉じた要塞都市。カリブ海から来る攻撃に備えて、海に向かって砲を構える設計だった。
パステルカラーのコロニアル街路
城壁の内側に入ると、雰囲気が一変する。黄色・水色・サーモンピンク・薄緑——パステルカラーで塗り分けられた建物が、碁盤の目状に区切られた街路の両側にずっと続いている。世界遺産登録に向けて街全体で色彩を整えた結果らしいが、押しつけがましさはなく、強い陽射しの下で本当に美しい。
ポジョ・コン・モーレ初体験
街歩きの途中、黄色い建物が並ぶ街路の近くで入った食堂で、ポジョ・コン・モーレ(Pollo con Mole)を初めて食べた。チョコレートと20種類以上のスパイスを練り上げた黒いソース「モーレ・ネグロ」を鶏肉にかけた、メキシコの代表的な国民食だ。
特に印象に残ったのが、温かいトルティージャが専用の陶器(おそらく素焼きのトルティジェロ)に入った状態で出てきたこと。蓋を開けると湯気と一緒に焼きたての香りが立ち上る。スパイスのきいた濃厚なモーレと、何枚でも食べたくなる柔らかいトルティージャの組み合わせは、ここで味を覚えた一品としてその後の旅でも何度か食べることになった。
博物館巡り——マヤ遺物と植民地時代の武器
カンペチェには、城壁内や周辺のバルアルテを利用した小さな博物館が複数ある。マヤの遺物を集めた館と、植民地時代の武器・古文書を集めた館をはしごして歩いた。
歴史博物館の方では、スタッフの方が気さくに展示の解説をしてくれて、ここでの会話が街の印象をさらに温かくした。観光客が多くないぶん、館員との距離が近いのもカンペチェの良さだと思う。
城壁の内と外——カンペチェが残してくれたもの
カンペチェは、メキシコ周遊の中で「観光地として大きすぎず、しかし歴史の密度がしっかり残っている街」だった。テオティワカンやウシュマルのような圧倒的な遺跡ではないし、カンクンやトゥルムのようなビーチリゾートでもない。コロニアル時代の要塞都市が街全体として丸ごと保存されているという、それ自体が世界遺産の価値だ。
海から来た脅威に備えるため街そのものを城壁で囲み、その内側に色とりどりの暮らしを閉じ込めた小さな要塞——カンペチェの一日は、メキシコがスペイン植民地時代から積み上げてきた層の厚さを、最も穏やかに体験させてくれる場所だった。