ヒーロー画像:Google マップよりスクリーンショット
中米にある小さな国、コスタリカ。面積は日本の九州と四国を合わせたくらい(5万1,100㎢)しかないが、世界の生物種の約5%がここに生息している。
豊かな自然と手厚い保護
国土の4分の1以上が国立公園や保護区として指定されており、ケツァール(幻の鳥とも呼ばれる)やウミガメ、ヤドクガエルなど固有種の宝庫だ。エコツーリズムの先進国として世界中から注目されている。
人口は約467万人。首都サンホセ周辺の首都圏に260万人が集中している。スペイン系と先住民の混血(メスティーソ)が大多数を占める。
チーノと呼ばれる日々
街を歩いていると「チーノ(中国人)!」と呼びかけられることが何度もあった。アジア人全般をそう呼ぶ習慣があるようで、悪意はないのだろうが最初は戸惑った。日本のアニメや文化への好意的なイメージは持っているのに、東アジア人の区別はなかなかつかないらしい。
赴任先は先住民の村
自分が働いていた診療所は、ラカソナと呼ばれる先住民の村の近くに位置していた。現地で直面した課題は主に2つ——10代での出産と栄養不良だ。医療制度が整っているコスタリカでも、農村部の現実はまた違う顔を持っていた。
名前の由来と征服の歴史
1522年、スペイン兵がコスタリカ西海岸に上陸した。彼らが見たのは、先住民が身につけた金ぴかの装飾品。それを見て「豊かな海岸(コスタ・リカ)」と名付けたのが国名の由来だ。1564年にカルタゴが建設されるが、疫病で先住民の人口は激減。鉱山資源が少なかったため大農園主が育たず、白人自営農民中心の社会が形成された。これが後の「民主主義の国」というイメージの土台になっている。
1890年にはコーヒー輸出が全輸出の80%を占めるまでに成長。その労働力としてカリブ諸国から黒人労働者が定住するようになるが、1947年まで移動禁止令が課せられていた。コスタリカの「豊かさ」の裏には、こうした人種差別の歴史が隠れている。
この国の歴史を知ってから街を歩くと、見えるものが変わる。カルタゴの古い石造りの建物、サンホセの市場で働く人々の顔ぶれ、カリブ海側の食文化の違い——すべてがこの歴史の上に積み重なっている。
「Pura Vida(ピュラ・ビーダ)」——コスタリカ人はあらゆる場面でこの言葉を使う。挨拶でも、感謝でも、「最高だね」という意味でも。最初は意味がわからなかったが、住んでいるうちにその感覚が体に染み込んできた。