本記事は、コスタリカ滞在記⑧「装具を自作した話」の技術編として、自作した簡易短下肢装具のパーツ構成・コスト・機能を写真とともに整理したものです。物語と臨床の文脈は⑦をご覧ください。
設計の方針:手に入る材料で短下肢装具の機能を出す
2014年2月、サンビートの診療所に脳卒中後の患者さんが来院された。BRSⅡ-Ⅰ-Ⅲ、感覚重度鈍麻、中等度介助歩行。日本のリハ病院なら、適切な短下肢装具と杖を組み合わせれば屋内歩行の自立が見込める段階だった。けれどコスタリカの公的装具が届くのは、申請から約8ヶ月後。その間、機能訓練を遅らせない"つなぎ装具"を作る——というのが設計の出発点だった。
参考にしたのは、岩田晴之先生の簡易型短下肢装具の考え方。日本ならホームセンターで2,000円程度の材料で組み上がる構造を、コスタリカの町で揃う部品に置き換えていく作業になった。
材料リストと内訳(合計:約8,000円)
最終的にこの装具を構成したのは、3つの主要パーツ。
- 支柱:特別発注の金属支柱(約8,000円)
町の金物屋・薬局裏の医療品屋・ホームセンター系の店をひと通り回ったが、義肢装具用の支柱は売られていなかった。設計図を起こして町外の業者に注文。アルミニウム製で、軽量・加工しやすい一方、耐久性は要追跡という素材。 - 足底:切り取ったサンダル
現地で買えるビーチサンダルの底をベース形状に合わせて切り出し、足部のソールとして利用。靴自体に装具を組み込む形にすることで、装着時のシューズコーディネーションを省略。 - 下腿(すね)部:野球用肘プロテクター
既製品のスポーツ用肘プロテクターを下腿カフとして転用。曲面が下腿の形状に近く、内側のクッションがそのまま使えた。スポーツ用品店で入手可能で、価格も安価。
これに加えて、ベルクロベルト(締結用)、足底クッション材(疼痛軽減用)、ネジ類が細かく必要となった。主材料以外の小物は全てコスタリカ国内の既製品で揃ったのが大きな救いだった。
組み立ての工夫と限界
組み上げる過程で、いくつもの判断が必要になった。
- 角度設定の精密調整は諦めた。支柱の取り付けにわずかなズレが生じるため、カント角・足関節背屈角の微調整は手作業の限界として割り切った
- ネジが多いので、踵の疼痛軽減を優先。足底クッションを継ぎ足して当たりを和らげた
- 踵が装具内で浮かない工夫。装着時に踵が上にずれると装具の機能が大きく損なわれるため、ベルクロの位置と締め付け順を調整
- 耐久性の懸念はアルミ支柱由来。長期使用には鉄製支柱の方が安心だが、重量と加工性のトレードオフでアルミを選択。8ヶ月の"つなぎ"用途なら許容範囲と判断
機能の検証:裸足 → 装着で何が変わったか
完成後、装着前後の歩行を前額面動画で比較した。
| 指標 | 裸足 | 自作装具装着 |
|---|---|---|
| 初期接地 | 爪先接地(足を捻りやすい) | 踵接地に回復 |
| 立脚期の膝 | 過伸展(疼痛訴え) | 過伸展抑制 |
| 膝の疼痛 | あり | 消失 |
| 装具重量 | — | 約700g |
正式な義肢装具とは程遠いが、歩行練習を始めるには十分な機能が出せていた。患者さんが「膝が痛い」と訴えなくなった時点で、最低限の臨床的価値は確認できたと判断した。
適応と限界:どんな患者に勧められるか
この装具は万能ではない。臨床判断として整理しておく。
適応しうるケース
- 軽症〜中等症の片麻痺で、装具の到着までのつなぎ機能訓練が必要な場合
- 正式装具の調達まで数ヶ月〜半年以上かかる、リソースの限られた地域
- 体重が比較的軽く、歩行量が多すぎない患者像
適応が難しいケース
- 重度の痙性や強い変形があり、正確な角度コントロールが必要なケース
- 長期使用(1年以上)が前提の場合(アルミ支柱の耐久性の問題)
- 競技スポーツや長距離歩行を伴う活動レベル
使用開始後も、定期的なフィッティング確認・部品の摩耗チェックは欠かせない。あくまで医療従事者の管理下で使うことが前提のDIYであり、患者さんの自己組み立てを推奨する性格のものではない。
残った教訓
正式な装具が届くまでの8ヶ月間、何もできないでいるのか、できることをやるのか。その差は小さいようで、患者の人生を大きく変える。
義肢装具士という仕事の奥行きを、作りながらやっと体感できた。市販装具の細部の工夫——支柱の材質、足継ぎ手の選択、カフの曲面、ベルクロの位置——その一つ一つが、現場の制約と機能要求の交点に置かれた答えだったことが分かった。
低・中所得国における補装具の必要量に対する充足率は、WHO推計で5〜15%程度とされる。残りの85〜95%の人たちにとって、こうした「手に入る材料で機能を出す」発想は、選択肢の幅を広げる手段になり得る。
当時、装具の歩行動画を SNS で共有したあと、「あの装具はどこで買えますか?」と問い合わせてくる方が何人もいた。家族のなかに脳卒中後で歩けなくなっている人がいる、装具を待ち続けている、という背景がたぶんそれぞれにあった。「もう一本、まとまった時間を取って作ろうか」と何度か考えたけれど、自分の臨床業務と並行してやり切る余力はなく、そのまま帰国の日を迎えてしまった。需要は明らかにあるのに、供給する側が個人の善意と空き時間に依存している——あの問い合わせは、その構造を一番分かりやすい形で僕に突きつけた経験だった。
患者の物語と僕自身の振り返りは ⑧「装具を自作した話」 に書いた。装具を介して見えたコスタリカ医療制度の構造的な課題も、そちらで整理している。
背景情報(一般情報)
※本セクションは公開情報をもとに編集者が補足したものです。最新の制度・統計は公的機関でご確認ください。
コスタリカの医療制度
- CCSS(社会保障基金): 1941年設立の公的保険制度、住民の約95%以上をカバーする
- 多層構造: EBAIS(基礎保健チーム、村レベル)→クリニック→地域病院→国立専門病院
- 装具・義肢: 公的供給はあるが調達期間が長く、農村部では数か月待ちが珍しくない
- JICAボランティア: 1965年〜現在、コスタリカへ理学療法士など多数の派遣実績
先住民地域での課題
- ブリブリ・カベカル: 南部山間部の先住民、サンビート周辺にも居留地あり
- アクセス課題: 山間集落から専門病院(サンホセ)までの移動コストと時間が大きな障壁
- 文化的配慮: 伝統医療との併用、家族・コミュニティ単位の意思決定が中心
簡易装具・低コスト装具の意義
- 正式装具の調達期間中、機能訓練を遅らせないための"つなぎ"として臨床的価値が大きい
- WHOガイドラインも、リソース制約下での代替アプローチを認めている
- 日本国内の在宅医療・災害時にも応用余地のある技術領域
装具学を学び直す・体系的に押さえたい方へ——日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会 監修の定番書は、現場で迷ったときに戻る一冊として手元に置きたい。理学療法士・作業療法士・義肢装具士の養成校でも採用されている定番。
