英国発の都市情報誌タイムアウトの「世界の食の都(Best Cities for Food)」ランキング2026年版で、ペルーの首都リマが1位に選ばれました。150都市・2万4000人超の住民アンケートと、100人以上の編集者・専門家の評価を組み合わせた格付けです。評価の中身を整理したうえで、リマで実際に何をどこで食べられるのかまで踏み込みます。
2026年版ランキングの中身
上位は1位リマ、2位バンコク、3位メキシコシティ、4位ロンドン、5位バルセロナ。以下、ホーチミン、メルボルン、北京、アテネ、リスボンと続きます。中南米勢はリマとメキシコシティに加え、17位にブエノスアイレス、20位にメデジンが入りました。国ごとの偏りを避けるため、各国から最高スコアの1都市のみを最終リストに載せる方式が採られています。
評価の重みづけは、地元住民の実感が70%、専門家評価が30%。レストランの質、価格の手ごろさ、食材の質などが柱です。リマは「質が高い」と答えた住民が80%、「手ごろだ」が85%で、外食の安さではリスト中トップでした。つまりこれは星付きの店を数える指標ではなく、「そこに住む人が日常的に、無理のない値段でうまいものを食べられるか」を測る物差しです。
リマの味の設計図──クリオージョ、チファ、ニッケイ
リマの料理が特異なのは、単品の完成度よりも「層の重なり方」にあります。土台はアンデスの先住民の食です。4,000種以上と言われるジャガイモ、トウモロコシ、そしてアヒ(ají)と総称される唐辛子群。ここにスペイン植民地期の食材と技法が重なり、リマ周辺の海岸部でcriollo(クリオージョ)料理と呼ばれる系統ができあがりました。
そこへ移民の食が二度、大きく流れ込みます。19世紀半ばから広東系を中心とする中国人契約労働者が大量に渡り、生姜・醤油・ネギを持ち込みました。これがchifa(チファ)と呼ばれる中華系ペルー料理になります。1899年には契約移民を乗せた佐倉丸が到着し、日系移民の歴史が始まりました。日本の技法とペルーの食材がnikkei(ニッケイ)という料理ジャンルとして自覚されるのは、1970〜80年代以降のことです。
さらに、植民地期にアフリカから連れて来られた人々の食が、アンティクーチョやタク・タクとして残っています。ニッケイ料理の成り立ちについては既報で、リマ・クスコの外側にある地方の食文化についてはこちらで扱いました。
実際に何を、いつ食べるか
セビーチェ(cebiche)は外せません。白身魚をライム果汁で締め、アヒ・リモや黄唐辛子、赤玉ねぎ、パクチーを合わせる料理で、2004年にペルーの国家文化遺産に指定され、2008年の生産省令によって6月28日が「セビーチェの日」と定められています。実用面で重要なのは昼に食べるものだという点です。その日の朝に揚がった魚を使う前提なので、専門店(cebichería)の多くは昼営業が中心で、午後遅くには閉まります。ミラフローレスのラ・マール(Av. La Mar 770)は公式サイトの営業時間が月〜木12:00〜17:00、金12:00〜19:00、土日祝11:30〜17:30と、この「昼の料理」という原則をそのまま体現しています。予約は取らず並ぶ方式です。残った漬け汁はleche de tigre(レチェ・デ・ティグレ=虎のミルク)と呼ばれ、単品で頼めます。
アンティクーチョ(anticucho)は逆に夜の食べものです。牛の心臓をアヒ・パンカ、ニンニク、酢、クミンでマリネして炭火で焼く串焼きで、起源は海岸部の大農園にあります。所有者が「くず」として奴隷にされた人々に渡した内臓を、アンデスの唐辛子とスペイン由来の香辛料で食べものに変えたのが始まりでした。19世紀にはリマの街頭にcarretilla(カレティージャ=屋台)が並び、anticucheraと呼ばれる女性の売り手が焼いてきた歴史があります。夕方以降、住宅街の角に炭の煙が立つのが合図です。屋台から出発して現在は固定店舗を構えるミラフローレスの「アンティクーチョス・デ・ラ・ティア・グリマネサ」(Ca. Ignacio Merino 466)は、その系譜がそのまま残っている一軒です。同じくミラフローレスのパンチータ(Calle 2 de Mayo 298)は、クリオージョ料理とアンティクーチョを腰を据えて食べたいときの選択肢になります。
ロモ・サルタード(lomo saltado)はチファの発明です。牛肉と玉ねぎとトマトを中華鍋で強火に当て、醤油と酢で仕上げる。皿にはフライドポテトと白飯が両方載ります。炭水化物が二重に付いてくるこの構成そのものが、中国の調理法とペルーの食卓が折り合った跡です。ほかに、ジャガイモを土台にした冷菜のカウサ、鶏肉を黄唐辛子のソースで煮込むアヒ・デ・ガジーナ、豆と米を練り焼きにするタク・タク、チャーハン由来のチャウファ。飲みものは紫トウモロコシのチチャ・モラーダとピスコ・サワーです。チファを一軒だけ選ぶなら、60年以上続くチファ・ティティ(Av. Javier Prado Este 1212、サン・イシドロ/月曜休)が定番です。家庭的なクリオージョ料理を大皿で食べるならバランコのイソリナ(Av. San Martín 101)、朝の軽食なら1960年創業でリマ市内に十数店を持つエル・チニート(旧市街のチャンカイ通り角が本店)のパン・コン・チチャロンがあります。
ハイエンドなら、2025年の「ラテンアメリカのベストレストラン50」でキョジェが2位(ペルー国内1位)、メリトが4位、コスメが9位、マイタが11位。キョジェはセントラルと同じバランコの建物(Av. Pedro de Osma 301)にあります。マイドは2025年に世界1位を獲得しました(歴代1位店は殿堂入り扱いで以後の対象外。セントラルも2023年の1位)。いずれも予約は数か月前が基本です。逆に、バリオ・チーノ(中華街)のチファも街角のセビチェリアも、予約も服装も要りません。「手ごろさ85%」がリマを押し上げたことを考えれば、後者こそがこのランキングの主役です。なお、ペルーにミシュランガイドの選定は入っていません。
11月4日、リマに世界が集まる
リマにはもうひとつ予定が加わりました。「世界のベストレストラン50」の2026年授賞式が11月4日にリマで開かれます。24年の歴史で南米開催は初めてです。都市情報誌の住民調査と、業界内の投票。性質のまったく違う二つの指標が、同じ年に同じ都市を指したことになります。
「誰のための美食か」
ただし、手放しで喜べる話でもありません。美食観光が集中すると家賃が上がり、もともとそこにあった食堂が押し出される――ジェントリフィケーションは世界中の「食の都」が通ってきた道です。リマでもミラフローレスやバランコには外国人向けの価格帯の店が広がっています。皮肉なのは、リマを1位に押し上げた最大の要因が「安さ」だったこと。観光の波がその安さを削れば、同じ調査のスコアはいずれ下がります。ランキングは、その都市が持っているものを称賛すると同時に、それを消費し始めるきっかけにもなります。
筆者の視点
このランキングで一番大事なのは、70対30という重みづけだと思います。専門家の評価が3割しかない指標で1位を取るのは、「観光客に見せるための食」ではなく「そこで暮らす人の食」が強いという意味です。物差しを変えたから1位になったというより、この物差しが測ろうとしていたものがリマにはもともとあった、と言うほうが近いはずです。
もうひとつ。リマの食が層状になっているのは、料理人の創意の結果である以前に、移民と奴隷制と征服という、必ずしも幸福ではない歴史の結果です。中国人年季奉公労働者がいなければロモ・サルタードはなく、アシエンダで内臓を渡された人々がいなければアンティクーチョはなかった。その由来を知っているかどうかは味には関係しませんが、その街をどう歩くかには関係します。ウォッチすべきは11月4日。2027年版の調査でリマの「手ごろさ85%」が維持されているかが、わかりやすい指標になります。
用語メモ
cebiche(セビーチェ)=ライムで締めた魚介料理。cevicheとも綴る。chifa(チファ)=中華系ペルー料理およびその店。広東語の「食飯」に由来するとされる。nikkei(ニッケイ)=日系移民に由来するペルー料理の系統。criollo(クリオージョ)=先住民・スペイン・アフリカの食が混ざった海岸部の系統。anticucho(アンティクーチョ)=牛の心臓の串焼き。leche de tigre(レチェ・デ・ティグレ)=セビーチェの漬け汁。carretilla(カレティージャ)=街頭の屋台。
リマを1位にしたのは星の数ではなく、そこで暮らす人が毎日食べているものの強さだった。
参考リンク
- Lima crowned Time Out's Best City for Food in 2026 | Time Out — timeout.com
- The World's Best Cities for Food in 2026 (full ranking) | Time Out — timeout.com
- Three more Latin American cities crowned among the world's best cities for food | Time Out — timeout.com
- The World's 50 Best Restaurants 2026 to take place in Lima | The World's 50 Best Restaurants — theworlds50best.com
- Día Nacional del Cebiche | PROMPERÚ (peru.travel) — peru.travel
- Latin America's 50 Best Restaurants 2025 (list 1-50) | The World's 50 Best — theworlds50best.com
※ 本記事は公開情報をもとにした筆者の解説・私見です。最新の数字・日程・手続きは各国政府や一次情報でご確認ください。引用は最小限とし、出典を明記しています。