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2015年6月、コスタリカから飛行機でおよそ3時間。長期休みを使って、初めてメキシコを訪れた。降り立った首都メキシコシティは標高2,240m、空気が薄い高地の大都会だ。中米から見れば「同じスペイン語圏のお隣の国」という感覚だが、文明の重みは桁が違うのではないか——そんな予感を抱きながら、初日にまず向かったのが国立人類学博物館(Museo Nacional de Antropología)だった。

チャプルテペック公園の一角にある、メキシコ国民の誇りそのものといえる施設。古代メソアメリカからメキシコ各地の先住民文化までを網羅し、世界屈指の博物館と評される。建物自体も建築家ペドロ・ラミレス・バスケスの設計で1964年に開館、中央のカリオステキ(傘状)の柱は1本で広い前庭を覆う独創的な構造で、近代メキシコ建築の代表作のひとつとされる。

メソアメリカの地図
展示室入口に掲げられたメソアメリカの地図。ピラミッドや遺跡のアイコンで主要文明の位置がひと目でわかる。

圧倒的な古代の集積

展示の質と量がとにかくすごい。アステカ、マヤ、オルメカ、テオティワカン、サポテカ、トルテカ——教科書で名前だけ知っていた文明の本物の遺物が、ガラス1枚向こうにずらりと並ぶ。「ホンモノに触れる」という言葉では足りない、空気の濃度が違う。

メソアメリカの土偶展示
古代の人々が作った土偶。表情ひとつひとつに個性がある。
アステカの間。太陽の石が背景に見える
アステカの間(Sala Mexica)。背後の壁にあるのが、有名な太陽の石。

太陽の石——アステカの円形カレンダー

博物館の象徴的展示が、太陽の石(Piedra del Sol)だ。直径3.6m、重さ24トンの一枚岩に、アステカ宇宙観のすべてが彫り込まれている。中心にいるのは太陽神トナティウ、その周囲に過去の四つの太陽(時代)と現在の第五の太陽の象徴。さらに外側には20の日の名前、最外縁には宇宙を取り巻く2匹の蛇——「世界の構造」を一枚の岩に詰め込んだ、とんでもない石だ。1790年、メキシコシティのソカロ広場の地下から発見されたという来歴も興味深い。スペイン征服後、アステカ大神殿(Templo Mayor)の破壊とともに地中に埋められていたものが、植民地時代の改修工事で偶然掘り出され、現在の博物館に収蔵されるまでに2世紀近くを要した。

太陽の石(Piedra del Sol)
本物の太陽の石(Piedra del Sol)。直径3.6m、重さ24トンの一枚岩。中心の太陽神トナティウを取り巻くように、宇宙の構造が同心円状に彫り込まれている。
太陽の石の解説図
太陽の石の解説パネル。中心の太陽神トナティウから外側の蛇まで、各層の意味が描かれている。

あまりに印象的すぎて、後にユカタン半島の土産物屋を覗いたとき、迷わずこの太陽の石をミニチュアにしたマグネットを買った。今も冷蔵庫に貼ってある。

コアトリクエとオルメカ巨頭

太陽の石と並んで強烈な印象を残したのが、コアトリクエ像オルメカの巨頭石像だ。

コアトリクエはアステカの大地母神。彼女の頭部は2匹の蛇の頭を組み合わせて表現され、首には人間の心臓と切断された手が連なる装飾、腰には頭蓋骨。古代の死生観をストレートに造形した、見ているだけで圧倒される像だ。1790年に太陽の石とほぼ同時にソカロ地下から発見されている。

一方のオルメカ巨頭は、メキシコ最古の文明・オルメカ(紀元前1500〜400年頃)が残した謎の巨石彫刻。3000年以上前に、人の頭部だけを高さ2m前後にスケールアップして彫り上げている。鼻が広く唇が分厚く、ヘルメットのような帽子をかぶる——これまでに17体が確認されており、サン・ロレンソ、ラ・ベンタ、トレス・サポーテスなどの遺跡から出土。1個あたり数十kmも離れた採石場から運ばれたとされるが、車輪も大型動物も持たなかった時代にどう運搬したのかは未だ解明されていない。アフリカ系の顔立ちにも見えると言われ、当時の文化交流をめぐって今も議論が続いている。

コアトリクエ像
大地母神コアトリクエ。蛇の頭で構成された顔、頭蓋骨の腰巻、心臓の首飾り。
オルメカの巨頭石像
オルメカ文明の巨頭石像。3000年以上前のこの顔を、誰が、なぜ彫ったのか。

骸骨と死神——メキシコの死生観

展示を見ていて、繰り返し出てくるモチーフがある。骸骨だ。装飾としての骸骨、神としての骸骨、生と死の境を象徴する骸骨。現代メキシコの「死者の日(Día de los Muertos)」につながる感覚は、すでに古代メソアメリカの段階で確立されていた。

その代表格が、アステカ神話の冥府の神ミクトランテクートリ(Mictlantecuhtli)に関わる展示である。国立人類学博物館には、ミクトランテクートリの装飾や標章を身につけた、死の神に仕える祭司の等身大土製像が展示されている。神そのものを写した像というより、死と冥界に関わる神格を儀礼の場で体現した人物像と見る方が近い。骸骨そのものの姿ではないが、硬直した立ち姿や独特の装身具から、死をめぐるメシカの儀礼世界が伝わってくる。

ミクトランテクートリの装飾を身につけた祭司の土製像
ミクトランテクートリ(Mictlantecuhtli)の装飾や標章を身につけた、死の神に仕える祭司の等身大土製像(テンプロ・マヨール出土・アステカ文明 13〜16世紀)。

なお、テンプロ・マヨール博物館でも、より骸骨をはっきりと表したミクトランテクートリ像を見ることができる。その写真は メキシコシティ歴史地区観光|ソカロ・テンプロマヨール・大聖堂を歩く【メキシコ旅行記①】 に掲載している。

死を恐怖や禁忌としてではなく、生のすぐ隣にあるものとして描いてきた——その美意識が、3000年前のオルメカから現代のカトリック化したメキシコまで、一本の線でつながっているように感じた。

メキシコシティに着いた初日、いきなりこの博物館で「メキシコの厚み」を浴びてしまった。

あとで歩く街並みも、訪れる遺跡も、すべてここで見た文明の延長線上にある——そう感じさせる、旅の出発点にぴったりの場所だった。

今回訪れた場所

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国立人類学博物館 Museo Nacional de Antropología
Av. Paseo de la Reforma s/n, Polanco / 火〜日 10:00〜18:00、月曜休館。地下鉄7号線 Auditorio駅から徒歩10分

旅行ガイド(一般情報)

※本セクションは公開情報をもとに編集者が補足したものです。料金・運行情報など最新の状況は公式サイトでご確認ください。

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