2015年6月、コスタリカから飛行機でおよそ3時間。長期休みを使って、初めてメキシコを訪れた。降り立った首都メキシコシティは標高2,240m、空気が薄い高地の大都会だ。中米から見れば「同じスペイン語圏のお隣の国」という感覚だが、文明の重みは桁が違うのではないか——そんな予感を抱きながら、初日にまず向かったのが国立人類学博物館(Museo Nacional de Antropología)だった。
チャプルテペック公園の一角にある、メキシコ国民の誇りそのものといえる施設。古代メソアメリカからメキシコ各地の先住民文化までを網羅し、世界屈指の博物館と評される。
圧倒的な古代の集積
展示の質と量がとにかくすごい。アステカ、マヤ、オルメカ、テオティワカン、サポテカ、トルテカ——教科書で名前だけ知っていた文明の本物の遺物が、ガラス1枚向こうにずらりと並ぶ。「ホンモノに触れる」という言葉では足りない、空気の濃度が違う。
太陽の石——アステカの円形カレンダー
博物館の象徴的展示が、太陽の石(Piedra del Sol)だ。直径3.6m、重さ24トンの一枚岩に、アステカ宇宙観のすべてが彫り込まれている。中心にいるのは太陽神トナティウ、その周囲に過去の四つの太陽(時代)と現在の第五の太陽の象徴。さらに外側には20の日の名前、最外縁には宇宙を取り巻く2匹の蛇——「世界の構造」を一枚の岩に詰め込んだ、とんでもない石だ。
あまりに印象的すぎて、後にユカタン半島の土産物屋を覗いたとき、迷わずこの太陽の石をミニチュアにしたマグネットを買った。今も冷蔵庫に貼ってある。
コアトリクエとオルメカ巨頭
太陽の石と並んで強烈な印象を残したのが、コアトリクエ像とオルメカの巨頭石像だ。
コアトリクエはアステカの大地母神。彼女の頭部は2匹の蛇の頭を組み合わせて表現され、首には人間の心臓と切断された手が連なる装飾、腰には頭蓋骨。古代の死生観をストレートに造形した、見ているだけで圧倒される像だ。
一方のオルメカ巨頭は、メキシコ最古の文明・オルメカ(紀元前1500〜400年頃)が残した謎の巨石彫刻。3000年以上前に、人の頭部だけを高さ2m前後にスケールアップして彫り上げている。鼻が広く唇が分厚く、ヘルメットのような帽子をかぶる——アフリカ系の顔立ちにも見えると言われ、当時の文化交流をめぐって今も議論が続いている。
骸骨と死神——メキシコの死生観
展示を見ていて、繰り返し出てくるモチーフがある。骸骨だ。装飾としての骸骨、神としての骸骨、生と死の境を象徴する骸骨。現代メキシコの「死者の日(Día de los Muertos)」につながる感覚は、すでに古代メソアメリカの段階で確立されていた。
その代表格が、アステカ神話の冥府の神ミクトランテクートリ(Mictlantecuhtli)。最下層の冥府ミクトランを支配する死の神で、テンプロ・マヨールから出土した等身大の土製彫像が国立人類学博物館に並んでいる。両腕を曲げて爪を構え、死者を驚かせるポーズを取っているという解釈もある。骸骨化した顔と剥き出しの肋骨、それでいてしっかり立ち上がっている姿には、「死は止まりではない」というメソアメリカ的な感覚がそのまま彫り込まれている。
死を恐怖や禁忌としてではなく、生のすぐ隣にあるものとして描いてきた——その美意識が、3000年前のオルメカから現代のカトリック化したメキシコまで、一本の線でつながっているように感じた。
メキシコシティに着いた初日、いきなりこの博物館で「メキシコの厚み」を浴びてしまった。あとで歩く街並みも、訪れる遺跡も、すべてここで見た文明の延長線上にある——そう感じさせる、旅の出発点にぴったりの場所だった。